『幸村を討て』『タカラモノ』『明日、私は誰かのカノジョ』編集部の推し本5選
更新日:2022/4/19
ダ・ヴィンチWeb編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。
良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。
“どん底にあってもふと良い場面に出会う可能性はある”『人生の旅をゆく4』(吉本ばなな/NHK出版社)
パサついた髪にトリートメントをするように、爪を鑢で整えるように、心のケアもしてあげなきゃならない。一番大事なのに、目に見えるところを優先してしまいがちだ。何をするにも即効性を求められる現代で、それに抗うようにスピードを緩めたくなる時がある。そろそろ海外の空気を吸いたい。物理的に今の生活から距離を取り、予想外な出来事に期待してその土地ならではの洗礼を受けに飛び出したい、そんな気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
吉本ばななさんの最新刊『人生の旅をゆく 4』(NHK出版)は、読者の心を癒しどこか遠くへ連れて行ってくれるような作品だ。本作は、旅と日常がテーマのエッセイアンソロジーシリーズ第4弾で、大体は1テーマ数ページで読み切れる手軽さ(各章の冒頭にある“架空の三十代ぼんやりOL”が主人公の超短篇小説も面白い)。「旅の宝物」という話の中で、イタリア、インド、ナポリ、ヘルシンキ、ソウルetc.仕事で海外に行くことも多いばななさんの道中のトラブルと、ささやかな輝きをもったエピソードの数々が綴られている。「たいへんな気持ちを味わったのに、なぜか人生を振り返ってぱっと心に飛び込んでくるのは、いつだって旅の場面」というばななさんは、“トラブルが輝きを際立たせているのではなく、何気ない時間の連なりの中からそれらは突然出現し、妙に心に残る宝物になる”と語る。それは、“心が真っ白になった時に降ってくる恩恵”で、普段の生活の中では心が鈍く分からなくなっているのだと。年を重ねるごとに、“小さな幸せ”という言葉に敏感になっている。旅だけが特別ではない。日常でささやかな輝きを掬い上げられる視点と心の余裕を持とうと思い直す瞬間が本書を読んでいて何度となくあった。旅にフォーカスしてしまったが、「水木しげる先生」「ビールは神」「あっこおばちゃんのアイスレモンティ―」「大人」等々多岐にわたるテーマでユーモアと癒しをくれる1冊だ。
中川 寛子●副編集長。餃子の王将のカウンター席はアミューズメントだ。どっしりした2つの中華鍋を相手に、手際よく具材を投入し、凄まじいスピードで料理を仕上げていく。その光景に釘付けになり、あぁこの人が作る料理で皆がハッピーになるのかと思ったらヒーローに見えてきて旨さも2割増し(王将はやっぱり美味しいよねというたわいない話です…)。
母という存在の偉大さに感謝せずにはいられない『タカラモノ』(和田裕美/双葉社)
この時勢で、両親、特に母親と電話する機会が増えた。たいていは毎日報道されるコロナ感染者数が発表された後。仕方がないところはあるものの、いつまで親に心配かけるんだ、俺は、と電話を切った後に思いながら、親の愛情の大きさとありがたみを今さらながら痛感しているこの頃。本作は自由すぎる母親を中心に、次女の視点から家族の姿を描いた、著者の自伝的な小説。夫がいるにもかかわらず男をとっかえひっかえして家にいないことが多い型破りな母親。しかし、子どもへの愛情は間違いなく本物で、小学生から社会人になっていくそのときどきで、悩み立ち止まる娘に対してかける言葉がとても温かく、そしてとにかく前向きだ。「失敗していろいろ学ぶ方が人生にいい方法を自分で見つけることができる」「結果ばかり見ているからみんななにもできない」……。ずっと自分にとってベストと思う選択をして他人にどう思われようが関係なく生きてきた彼女は、酸いも甘いも自分の糧としてきた。その人生経験から発せられる飾らない言葉は明快で説得力があり、読んでいる私にも元気をくれるものばかりだった。私の母親はこの母親とは正反対というか、たいそう不器用で口下手だけど、何があっても応援して味方になってくれたことや助けてくれたことを思い返すと、形は違えど親が子どもに対する気持ちは同じなのだとしみじみ感じる。次に帰郷したときは感謝の気持ちを面と向かってしっかり伝えようと思う。でもいざ脳内でシミュレーションしてみると……。思春期的な気持ちって意外と消えないものですね。
坂西 宣輝●スーパーに行くと実感する商品の値上げ。年度末あたりからニュースで伝えられて分かっていましたが、買い物をするとだいたい予算オーバーになってしまいます。だからたまに実家から送られてくる食材のありがたみがさらに増しました。
打ちのめされ励まされる快感『明日、私は誰かのカノジョ』(をの ひなお/小学館)
「私 もしこうだったらっていう空想の話って 好きじゃない」から始まる第1巻の主人公・彼女代行をしている雪のセリフは、彼女の孤独を浮き彫りにする。「明日カノ」と呼ばれる本作は、現代の女性たちを主人公にしたラブストーリーで、4月からドラマ放送も始まった。現在9巻まで発売されており、タイトルや先のセリフからも雰囲気が伝わるかと思うが、かなり苦めの恋愛が描かれている。
各主人公のバックグラウンドはパパ活、美容整形、ホスト通いや風俗など、センセーショナルに見えそうなテーマではあるし、実際極端だったりマズいよそれは……という行動であったりをとる子もいるものの、彼女たちの切実さや心情の大部分はリアルで共感してしまう。虐待、いじめ、悩ましい友人関係、コンプレックス、埋まらない寂しさ、依存。現代の人間が抱える痛みや弱みの投影がすさまじく、「これは一義的にラブストーリーと呼んでいいのかどうか……」と考え込んでしまう。人間の根源的な部分に触れすぎていて、苦しいほどなのだ。そして悩ましいだけでなく、ときに彼女たちの強い“自己”や言葉に励まされもするからたまらない。マンガ的悪女ではない立体的な個性と存在感を持つ彼女たちの今後が、よい方へ、幸せな方へ向かいますようにと祈ってしまう。また、そんな彼女たちが生きる世界も、使うメイク道具にアプリに会話と、隅々までめぐらされた“今どき”の描写に裏打ちされて精密だ。「この子はプチプラ派、この子はデパコス派…」などディテールを見るのも楽しい。
遠藤 摩利江●14日深夜、WOWOWで中国発のドラマ『陳情令』日本語吹替版の放送が始まりました。声優さんはアニメ版と同じ方が多く、映像も字幕版で見ていたものの、吹替版は新鮮な作品になっていて大興奮しながら視聴しました。声優さんの演技も、頭にスルスル入ってくるセリフ回しも最高で感謝しかありません。次週が待ち遠しい!