深緑野分最新作『スタッフロール』。 特殊造形とCG…映画制作の舞台裏でもがく2人の女性クリエイターを描く感動作!
更新日:2022/4/22
美しくも醜い異形のクリチャー。建造不可能なキテレツな建物。まだ見ぬ未来の乗り物…。映画は、想像の中でしか存在し得なかった世界へと私たちを連れ去ってくれる。映画にかけられた魔法に心揺り動かされるのは、無数の職人たちの技術があってこそ。夢の世界を現実にするために心血を注いだ職人たちの情熱が、一つの傑作を生み出すのだ。
『スタッフロール』(深緑野分/文藝春秋)は、そんな映画制作の舞台裏でもがき続けた2人の女性クリエイターの物語だ。著者は『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』で立て続けに本屋大賞にノミネートされた深緑野分氏。一体、彼女はどれほどの取材を積み重ねて、この大作を描き出したのだろうか。特殊メイクなどに代表される特殊造形と、それにとって代わるように台頭してきたCG(コンピュータ・グラフィックス)。アナログからデジタルへの時代の変遷を描き出したこの作品は、ドキュメンタリーと見紛うほどのリアリティ。それぞれの時代、それぞれの技術で、夢の世界を生み出すことに人生を賭してきたクリエイターたちに、憧れと尊敬の念を抱かずにはいられない。
一人目の主人公は、1946年にアメリカで生まれ、戦後ハリウッドの映画界で活躍した特殊造形師、マチルダ・セジウィック。大学の寮を飛び出し、ある特殊造形の工房のドアを叩いた彼女は、技術を身につけていく日々の中で、いつの日か自分の名がスタッフロールに載る日を夢見ていた。もう一人の主人公は、1983年にイギリス南部で生まれたヴィヴィアン・メリルこと、ヴィヴ。CGアーティストとして、VFXやCGを制作するロンドンのエフェクト・ハウスに勤める彼女は、その高い技術力で脚光を浴びながらも、自らの才能を信じ切れずにいた。そんなある日、ヴィヴのもとに、彼女が愛するある映画のリメイク、CG化の仕事が舞い込んでくる。アナログのオリジナル版をこよなく愛するヴィヴは、伝説の造形物をCGにしてしまうことに思い悩み…。
新しい時代の足音は、いつだって恐ろしいものだ。映像技術の変遷を追うこの物語では、クリエイターたち、特に、特殊造形師の悲哀が描き出されていく。特殊造形師として、アナログでのモノづくりに誇りを持ってきたマチルダは、突如現れたコンピュータによる映像化技術に自分の人生が否定されたような強い恐怖を抱く。移りゆく時代の流れに恐れを抱いた経験のある人ならば、マチルダの悲哀に心を寄せずにはいられないだろう。だが、マチルダがCGに複雑な思いを抱えるように、CGアーティストであるヴィヴもまた、手仕事で作られたものを意識せずにはいられないでいる。特殊造形師が持つ才能を尊敬すると同時に、嫉妬の思いも感じている。意識し合う、特殊造形師とCGアーティスト。彼らは実は似た存在なのではないだろうか。
物語を読み進めれば読み進めるほど、それは確信となる。アナログだろうが、デジタルだろうが、いつの時代もクリエイターの情熱は、その思いは変わらないのだ。マチルダもヴィヴも、より良いものを生み出そうと、どこまでも理想を追い求め続ける。だからこそ、苦しいのだ。上を見ればきりがなく、他と自分を比べれば才能のなさに絶望せずにはいられない。このまま自分は何者にもなれず、評価されないままなのではないか。普段モノづくりをしている人はもちろんのこと、そうでない人も、その葛藤は身に覚えがあるのではないだろうか。
マチルダとヴィヴ。2人の半生に触れていると、彼女たちの燃えるような思いが伝染してくるかのようだ。やがて、時を超えて、交錯していく2人の運命。そして、生み出された奇跡に、読後、温かいものが胸へと広がった。この物語は、世の中のすべての映画好き、すべてのクリエイターたちに読んでほしい。モノづくりの喜びと痛みが詰まったこの傑作は、これからますます大きな話題を呼ぶに違いないだろう。
文=アサトーミナミ