この恋、きっと大人になっても忘れない。汐見夏衛ら4人の作家が描く「卒業」物語

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/20

卒業 桜舞う春に、また君と
卒業 桜舞う春に、また君と』(汐見夏衛、丸井とまと、河野美姫、水葉直人/スターツ出版)

 春は心がざわつく季節だ。出会いと別れが重なるだけではない。木々が芽吹き、虫たちは動き始め、なんだかそわそわ落ち着かない。舞い散る桜にも心を乱される。そんな春のざわめきを優しくなだめ、心地よい感動で胸を満たしてくれる短編集が刊行された。『卒業 桜舞う春に、また君と』(スターツ出版)は、タイトルどおり「卒業」をテーマにしたアンソロジー。汐見夏衛、丸井とまと、河野美姫、水葉直人の4人が、中高生の揺れ動く気持ちを瑞々しく描いている。

 トップバッターを務める丸井とまとの「桜の花びらを君に」から、もう素晴らしい。主人公の悠理、親友の采花、男友達の瀬川――一緒に過ごす時間が何よりも大切だった3人の同級生。だが、高校最後の体育祭を終えたあと、彼らの間に決定的な「何か」が起きる。季節が流れ、卒業式を目前に控えた今も、3人の関係は元に戻らぬまま。一体、彼らの間に何があったのか。まるでミステリーのように読者の興味を引きつつ、3人の思い出が卒業アルバムや卒業ムービーとともにひもとかれていく。もう戻らない眩しい日々、過ぎゆく時の儚さが封じ込められ、ページをめくるごとに切なさで胸が締め付けられるよう。ラストシーンも映像的で、上質な短編映画を観た時のような読後感を味わえる。

 水葉直人の「初恋の答えは、約束の海で」は、4編の中で唯一の男性視点の物語だ。大好きだった兄が急死して以来、家庭が崩壊し、居場所を失った鷹広。自身も学校に通わなくなり、たちの悪い仲間と犯罪行為を繰り返すようになる。そんな中、彼はふとしたきっかけで、入院中の新田美優と知り合う。余命短い美優と、病室の扉越しにメモをやりとりするうち、鷹広は次第に彼女に惹かれていく。たとえ道を誤ったとしてもやり直す勇気、未来への希望を与えてくれる作品だ。

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 続く「花あかり~願い桜が結ぶ過去~」は、河野美姫によるラブストーリー。15歳の春、交通事故で命を落とした片思いの相手を、10年経った今も思い続ける美咲。彼と交わした約束を守るため、彼女は思い出の神社を訪れる。すると、突然桜吹雪が舞い上がり、気づくと10年前にタイムスリップしていた……。彼の命を救い、そして10年前には告げられなかった思いを伝えられるのか。美咲に感情移入し、その恋を応援せずにいられない。

 ラストを飾るのは、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』など数々のベストセラーを生み出した汐見夏衛の最新作「うそつきラブレター」。学力も容姿も平凡な「わたし」は、頼みごとを断れない内気な高校1年生。美人で活発なクラスメイトの吉岡さんからも、気の弱さに付け込まれ、日頃から面倒なことを押し付けられていた。そんなある日、「わたし」の靴箱に吉岡さん宛のラブレターが間違って届く。文面から伝わる優しさ、手紙に桜の花びらを添える心の豊かさに惹かれ、「わたし」は正体を偽って手紙に返事を書くことに。嘘から始まった恋は、どんな結末を迎えるのか。思いがけない恋の行方はもちろん、「わたし」の成長も読者の心に温かさをもたらしてくれる。

 それぞれテイストは異なるが、どの短編にも共通するのは、一歩を踏み出す勇気を与えてくれること。主人公は、それぞれ過去に縛られていたり、うまくいかない現実に歯がゆさを感じていたり、さまざまな葛藤を抱えている。中にはつらい別れを経験する人もいるが、それでも前に進もうとするしなやかでたくましい姿を見せてくれる。この春、学校を卒業した人はもちろん、過去の自分から卒業したい人も、優しく励ましてくれる短編集だ。

文=野本由起