「和菓子のアン」シリーズ・坂木司最新作! 読めば心が満たされる、ショートケーキをめぐる5編の連作短編集

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/22

ショートケーキ。
ショートケーキ。』(坂木司/文藝春秋)

 人生は甘いことばかりではないから、私たちにはショートケーキが必要だ。白くて甘い生クリームをまとったフワフワのスポンジと、甘酸っぱい真紅のイチゴ。ショートケーキは、いつだって日常をほんの少し特別にする。上手くいかない毎日を過ごす私たちに、ひとときの幸せな時間をプレゼントしてくれるのだ。

ショートケーキ。』(坂木司/文藝春秋)は、数あるケーキの中で不動の人気を誇るショートケーキをめぐる5編の連作短編集だ。著者は、デパ地下を舞台にした和菓子ミステリー「和菓子のアン」シリーズで知られる坂木司さん。おやつ好きとして名高い坂木さんの描く甘いものの描写はどれもとっても美味しそう。読めば読むほど、ショートケーキが食べたくなってくる。そして、描かれる温かい人間模様に心が満たされたような気分になる。

 母子家庭の少女たち。ケーキ屋さんのアルバイトと、彼の接客を見守る先輩。育児に翻弄される新米ママたち。同じ会社で働く同僚のことが気になって仕方がない受け身な男子…。この本にはあらゆる立場の人々が登場する。そして、彼らは皆、それぞれの悩みを抱えている。

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 たとえば、短編集の冒頭に収められた「ホール」の主人公は、大学生のゆか。ゆかは、親友のこいちゃんと同じく、母親との二人家族で、離れて暮らす父親と定期的に面会している。彼女たちは、父親が出て行ってから見かけなくなってしまったホールケーキを求めて「失われたホールケーキの会」を結成。家庭でやりきれないことが起こるたび、ふたりで丸いケーキを味わおうと決めていた。そんなある時、ふたりはそれぞれ父親から「大事な話がある」との連絡を受ける。今年で二十歳になったふたりは、養育費の義務が二十歳までだということを知り、面会が終わることを悟ってしまった。父親から連絡が来るたび、ほっとしたような面倒なような気持ちになっていた日々。子どもの気持ちを重んじようとフラットな態度を取ろうとする母親。会うたびに子ども扱いしてくる父親に抱く違和感。長い間振り回されてきた複雑な感情から解放されるのかと思えば、ふたりは途端に寂しさも感じてしまい…。

 そんなふたりを陰でこっそり見守るのが、続く短編「ショートケーキ。」のケーキ屋アルバイト・カジモトだ。彼の働くケーキ屋では、残りがちなホールケーキを予約なしに買ってくれるお客さんを「天使」と呼んでいるが、中でも、女子大生と思しきふたりの「天使」のことが気になっていた。どうして彼女たちはホールケーキを買いにくるのか。どんな事情かなんて予想もつかないが、カジモトは何だか無性に彼女たちを応援したい気持ちが湧いてきて…。

 また、育児に思い悩む新米ママ・あつこの姿を描く短編「ままならない」も強く心に残る。ママになった瞬間から日常がままならなくなった彼女は、ふたりのママ友とともに互助会を結成。あつこは、ママ友たちの支えで、大好きなショートケーキをひとりでゆっくりと味わいたいという願望を叶えようとして…。

 この短編集は、作品同士のつながりが本当に絶妙。あらゆる角度から登場人物の姿をみているうちに、彼らの存在がどんどん立体的に浮かび上がってくる。思い悩む登場人物たちの姿が何だか他人事とは思えなくなってしまう。どんな人にだって悩みはあるもの。だが、誰だって決してひとりではないのだ。どんなに辛い日も、きっとどこかで誰かが見守ってくれている。応援してくれている。坂木さんの描き出す世界はなんて優しいのだろう。思うようにいかない私たちの心をそっと癒してくれるかのようだ。

 誰かの優しさは、私たちの人生を確かに前向きにしてくれる。ビターな毎日を送っている人にこそ、この作品をオススメしたい。読後、ショートケーキを食べた後のような、ほっこりした気分に浸れるこの短編集を、どうかあなたも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ