「この本は芸人たちへのラブレター」平成ノブシコブシ徳井健太が芸人の「敗北」を書いた理由《インタビュー》
更新日:2022/4/21
平成ノブシコブシ・徳井健太さんが、2月28日に『敗北からの芸人論』(新潮社)を上梓しました。本書は、「負けを味わった奴だけが売れる」というテーマで21組の芸人の生き様を語るエッセイ集。徳井さんの視点で語られる愛あふれる芸人論が話題となり、発売1カ月で3刷が決定しました。大ヒットを祝し、相方・吉村崇さんも「お久しぶりです。なかなかお会いしませんが、お元気ですか? 私は元気にやっております。この度は重版おめでとうございます。私のように人にちょっかいを出し過ぎると、目に見えないスピードでビンタが飛んできますので、お気を付けください。追伸 そろそろ連絡先教えてください。」とコメントを寄せています。
タイトルの通り、「敗北」を切り口に語られるこのエッセイ。東野幸治さんのようなベテランから、EXITやオズワルドのような若手、さらに相方の吉村さんなど、さまざまな芸人を取り上げています。徳井さんが芸人の「敗北」を見つめるのはなぜなのか、また、芸人を語る上で決めていることはあるのでしょうか。執筆のエピソードも交えながら、お話を聞きました。
(取材・文=堀越愛 撮影=島本絵梨佳)
「敗北」とは、自分が信じていた面白さを完全否定されること
――本書では「敗北」を切り口に21組の芸人さんについて語られています。なぜ「敗北」という視点で書こうと思ったのでしょうか?
徳井健太さん(以下、徳井):勝っているだけの芸人って、僕はあんまりカッコいいと思わないんですよ。それよりも、「負けたけどもう1回頑張ろう」と思ってる芸人のほうがカッコいいと思ってて。1度売れた後に挫折して、その上でまた頑張るってやっぱり大変なんですよ。だから「負けてカッコ悪いのに、それでも生きていこう」としている芸人の話を書いたという感じですね。
――徳井さんの中で、芸人の「敗北」とはなんですか?
徳井:自分が「面白い」「正しい」と思ってやってきたものを、完全否定されることですね。(本書で取り上げた芸人は)その上で、もう1度自分の「正義」を作り直した人たちです。
――徳井さんもかつて「敗北」を経験されたのでしょうか?
徳井:本にもエピソードを書いたんですけど、『はねるのトびら』のときにありましたね。スベって、吉村に(見透かされたようなことを)言われたときに「僕が間違ってたんだな」と思ったんです。それまでも、うっすら「間違ってるかも」と思ってたけど劇場ではウケてたし、「(自分のやり方が)合っていてほしいな」と思っていて。間違っているとわかったときは、今までやってきたものを全て捨てて、もう1度ゼロからやらなきゃいけないんだと思いました。すげぇ面倒くさいし嫌だけど、やらないとダメだ、と……大変でしたね。
――この本には、積み上げたものを完全否定された経験をした芸人さんの話が詰まってるんですね。
徳井:そうですね。400字詰めの原稿用紙に小説を400枚書いて、データが消えて、そこからもう1回書き直せますか? っていう……「敗北」とはそういうイメージです。ここで諦めることもできるけど、より大変である「変わること」にトライするほうがカッコいいなと思うんですよね。売れてる人は、みんなやってると思いますよ。セカンドギアを入れてるというか。
第7世代とか若い子はまだ「敗北」してないんで、僕の言ってることはあんまり伝わらないかも、とは思ってます。だから、(書き下ろした)オズワルドにも、まだ伝わらないかなと思ってますね。彼らに(本で)触れるのも迷ったんですけど……でもあいつらにも、いつか負ける日が来ると思ったんです。だから今のうちに書いておこうと思って(笑)。
――オズワルドさんとは、本書についてなにかお話されましたか?
徳井:本が出る前に、収録で偶然会って「書かせてもらった」と報告したぐらいですね。オズワルドのマネージャーはすごく優秀だと思いますよ。出版前に書いた内容を確認してもらったら、けっこう指摘をもらって(笑)。そこまで見てくれるマネージャーってあんまり巡り合えないし、あそこまで愛情持ってもらって、彼らは運が良いなと思いました。
芸人たちへのラブレター
――本書の3刷決定を祝福し、相方の吉村さんからコメントが届いていましたね。吉村さんの章を書いた際は、どんな想いだったのでしょうか?
徳井:一応、この本は、どの芸人の章も全部ラブレターのつもりで書いてるんですよ。吉村のところも含めて。だから悪意はなるべく書かないようにしました(笑)。バッドエンドよりはハッピーエンドのほうが気持ちいいと思うので、スカッと終わらそうと。
――コンビの関係性を「兄弟」と例えていたことに、すごくしっくりきました。兄弟って、好きばっかりではないですもんね。
徳井:その感覚が伝わったら嬉しいですね。お笑いコンビって、よく頬を寄せ合ったりする写真を撮られるんです。若手の時は嫌でした(笑)。
――コンビだからって、必ずしも仲良しでなくて良いですよね。
徳井:千原兄弟さんとか、本当の兄弟だけど「仲良くないし悪くもない」ってずっと言ってるじゃないですか。千原兄弟さんの距離感を、普通のコンビも持ってるってだけなんじゃないかと思ってます。
芸人の一番のファンでありながら現役
――今後、「考察してほしい」という依頼が増えるのではと思います。徳井さんが芸人を考察する上で、心がけている視点はありますか?
徳井:客観じゃなく、主観で見ることですね。極楽とんぼの加藤(浩次)さんに本の感想を聞く機会があったんですけど、「俺、こんなこと言ったっけ?」と言われて(笑)。でも「お前の作品だからそれで良い。その主観を大事にしたほうが良い」と言ってくれたんです。加藤さんが意図したこととは異なっていたとしても、「(徳井が)そう思った」ならばそれでいいんだって。ありがたい感想でした(笑)。
――そんなことがあったんですね(笑)。エッセイは、基本的に“褒める”角度で書かれていますよね。
徳井:そうですね。以前お世話になったプロデューサーさんが辞めるときに、長文でメッセージを送ってくれたんですよ。そこに「しばらく見ないうちに、“芸人の一番のファンでありながら現役”みたいな、関根勤さんのようになっていてびっくりした」と書いてあったんです。「昔はお客さんというよりスタッフを笑わすような芸をしてたけど、変わったね」と。関根さんって、たまたまメイク室とかでお会いすると「昨日のロケ面白かったね~」とか必ず感想を言ってくれるんですよ。(平成ノブシコブシが)20代の全然世に出てないときからそうなんですけど、「あの返し良かったね」とか、そんなところまで見てくださっているんだと驚くことも多くて。でも確かに、僕もそういうこと言ってるかもなぁ、と(笑)。
――単純に、褒められることは嬉しいです。あまり嫌な部分は目につかないタイプですか?
徳井:褒めたい部分の方がより印象に残るというか、嫌な部分に気が付いても、、わざわざ口に出したくはない。ダメ出しされて伸びるタイプの人もいると思うんですけど、僕は「怒られて良かった」と思うことがマジで1回もなくて。
――『ゴッドタン』をきっかけに「悟り芸人」と言われるようになったり、「褒めるスタンス」の芸人だと思われたり……そういう“キャラクター”がつくことで、活動しにくくなったりはしないですか?
徳井:自分としては、思ったことを喋っていたら「周りがそう言ってくれてるだけ」って感じです。でも、キャラクターを考えてその通りにやれる芸人ってほとんどいないんじゃないかな。考える能力と実行できる能力を両立してる人って、0.1%くらいしかいないと思います。僕は考えられるけど実行できないし、うちの相方は考えられないけど実行できるタイプだったり。だから、「悟り芸人」と言われてより認識してもらえるのは嬉しいけど、そこに100%徹することはできないですね。
――自分で考えたキャラクターに徹することって難しいですもんね。
徳井:僕も時々は悪口も言うし(笑)、「徳井らしくない」って言われることもあると思うんです。でも「悟り芸人のくせに」とか言われても、僕にとってはどちらも僕なんです。「俺なんで」っていう感じです。