法律のロジックと推理のロジックを2人のキャラクターに振り分けてみました『六法推理』五十嵐律人インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/5/6

五十嵐律人さん

五十嵐律人の本をまだ読んだことがないという方に、1冊目に読んでもらいたいとお伝えしたいです」
現役弁護士として多忙な毎日を送る五十嵐律人が、メフィスト賞受賞のデビュー作『法廷遊戯』から2年と経たずして、早くも第4作となる最新刊『六法推理』を発表した。「六法全書」をもじったタイトルの本作は、これまで同様リーガル・ミステリー路線を進むものだが、物語の雰囲気はだいぶ違う。

(取材・文=吉田大助 撮影=島津美紗)

「司法修習を終えて弁護士として働き出した後で、一から書いた初めての作品が『六法推理』です。もともと法律は好きだったんですが、学問的な意味で好きという部分が大きかった。弁護士になってみて感じたのは、学問的に込み入った問題って現実でそうそう起こるものではないし、実際の法律は人と人との争いで使われるもの。要は、法律って日常と密接に関係しているんですよね。その感覚が、『六法推理』に反映されていると思います。ミステリーとしても“日常の謎”的な話が多いですし、“日常に溶け込んだリーガル・ミステリー”を目指して書いていった感覚が強いんです」

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 全5話で構成された物語の舞台は、霞山大学。探偵役を務める「僕」こと古城行成は、法学部の4年生だ。学部棟の一室で、無料法律相談所(通称「無法律」)なる自主ゼミを一人で運営している。法律上のトラブルを抱えた学生の話を聞き、法的な観点からアドバイスする活動をしているのだが、閑古鳥が鳴いている。

「デビュー前に横溝正史ミステリ大賞に応募していて、最終候補に残ったものの落ちてしまった話に出てきたのが無料法律相談所でした。話の中身は未熟だったんですが、無法律という設定や、学生が法律だけを武器に事件と向き合っていく流れ自体はキャッチーだな、と。一部の設定だけ活かして、ほぼ原型が残らない形で再利用しました」

 第1話は、キャンパスで「終焉祭」という名の学園祭が開かれていたある日、経済学部3年の戸賀夏倫が訪れる。夏倫は、事故物件とされるアパートに住んでいるのだが、2カ月前から赤ん坊の泣き声が聞こえるなど怪奇現象が起こるようになっていた。自殺した前の住人は妊娠していたのだと言う。アパートの実地調査をし、管理人や他の部屋の住人に聞き込みをしたうえで、古城は法律的な観点から真相を推理する。すると──「着眼点は素晴らしいのですが、結論は的外れだと思います」「でも、古城さんのおかげで、ようやく犯人の目的がわかりました」。実は、依頼人である夏倫は2人目の探偵だ。本作は、著者初の「W探偵」を採用している。

「過去3作は、法律のロジックと推理のロジックの両方を探偵役の一人のキャラクターに担わせていました。今回は法律と推理を、2人のキャラクターに振り分けてみたんです。法律の知識はあるけれども他の部分がだいぶ欠落している探偵役と、法律には興味がないんだけれども、人間の感情を想像したうえで推理を構築することに秀でている探偵役と。最初は法律のロジックで攻めていって、それだけでは足りないところを推理のロジックで修正して、最後にさらにもう一回ぐらいひっくり返せたら、満足感のあるミステリーができるんじゃないかと思ったんです」

 古城と夏倫が意見を交換し合い、ロジックを鍛え上げていった先に現れる第1話の真相は、意外性にあふれている。なおかつ2人の「掛け合い」の楽しさは、これまでの作品にはみられなかったもの。当初、小説誌に読み切り短編として書き下ろしたこの一編を、連作短編化していったという経緯は納得だ。

「登場人物たちのテンションは間違いなくこれまでで一番高いんですが、オチはリーガルを使っているので必然的にビターになる。途中までのテンションが高いからこそ、ラストのざらりとした印象が強まるんです。そこのバランスも、この2人だから出せたものだったと思います」

無味乾燥な法律も小説に落とし込んでいけば

「野鳥の会というサークルが、新入生歓迎会の時に自分たちで獲ってきた鳥で焼き鳥を振る舞っていると噂されているというエピソードは、母校の東北大学で遭遇した実話です(笑)。主人公たちのテンションに引きずられて、自分の中から大学時代のエピソードが引っ張り出されていきました」

 物語の基本トーンは軽やかで明るめだ。しかし、夏倫も出入りするようになった「無法律」に持ち込まれる案件はみな、この時代ならではのシリアスさが宿る。第2話「情報刺青」の依頼人は、人気ユーチューバーとして活動する小暮葉菜。ツイッターでリベンジポルノを流出された彼女に、古城は発信者情報開示請求をレクチャーする。第四話「親子不知」は、自分の金や物を盗む母親と縁を切りたい、と鈴木椰子実が相談に来る。古城は親族相盗例について説明し、親子間トラブルに第三者が介入する難しさを語る。

「第2話のネットトラブル、発信者情報開示請求に関しては、“日常に溶け込んだリーガル・ミステリー”を書くならば絶対に取り上げたい題材でした。第4話の親族相盗例もそうなんですが、法律って、それだけを読もうとすると無味乾燥でなかなか頭に入ってこない。でも、ストーリーに落とし込んでいくとグッと理解できるようになると思うんです」

 第3話「安楽椅子弁護」は、古城の友人である三船が、学園祭実行委員を相手取って起こした裁判にまつわる物語。弁護士をつけず「本人訴訟」で裁判に臨んでいる三船を、古城が陰でサポートしている。

「学生の法学部ゼミが舞台ではあるんですが、裁判ネタも入れたいなと思ったんです。短編で枚数に限りがあるので、裁判の推移を長々と書くのではなく、一発で裁判の景色が変わるようなアイデアは何かないかなと考えていった時に、この展開が浮かびました。短編だったからこそ書けたお話だったと思います」

 いずれの事件も二転三転、意外な相貌を見せていく。その先で、最終第5話「卒業事変」が現れる。周囲から「感情を失った法律マシーン」と言われ自分でも「動機は僕の苦手分野だから」と呟いていた古城が、夏倫との関係を通じて大きく成長していたことが、一連の事件を通して伝わってくる。

「最初は古城が常識人で、戸賀がおかしな感じにしようと思っていたんですが、書いていくうちに編集者から“古城のほうがヘンですよね”と言われて、確かに、と(笑)。古城って誰にも、家族にも心を開いていないんですよね。人間関係を構築するのが苦手で、戸賀のことすら“戸賀さん”や“戸賀夏倫”とかしか呼べていない。どうすれば2人の距離が縮まるんだろうかと考える中で、最後の事件の全体像が思い浮かんでいきました。実際にどうなるかは書いてみないと分からない部分も大きかったんですが……古城が頑張ってくれましたね」

 胸が高鳴る、素晴らしいゴールテープだった。だからこそ期待してしまう。本作の続編、シリーズ化は?

「編集者との初めての顔合わせで、『六法館の殺人』という小説を書いてみませんか、と言われたんです。館ものかつリーガル・ミステリーで、と。その時は、そのタイトルだとパロディというかバカミスっぽいなと思っちゃったんですが、今回の『六法推理』の後に、シリーズものの一つとして出すのであれば、本格ミステリーだと捉えてもらえる気がするんです。なので……『六法館の殺人』、いつか挑戦してみたいですね。それが次回作かはわかりませんが、『六法シリーズ』として今後も書いていけたらと思っています」

 

五十嵐律人
いがらし・りつと●1990年生まれ、岩手県出身。東北大学法科大学院卒業。2020年7月、『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞しデビュー。年末の各種ミステリーランキングで軒並みランクインを果たす。21年1月に『不可逆少年』、21年7月に『原因において自由な物語』を刊行。本書が第4作となる。弁護士としてベリーベスト法律事務所に所属。