独ソ戦戦火に生きた女性狙撃兵たちの物語『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬本屋大賞受賞後インタビュー!

小説・エッセイ

更新日:2022/5/12

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』より転載しています。

逢坂冬馬さん

 「戦いたいか、死にたいか」──家族を喪い戦うことを選んだ女性たちは、狙撃兵として独ソ戦の最前線に向かう。逢坂冬馬さんのデビュー作にして2022年本屋大賞を受賞した『同志少女よ、敵を撃て』。女性が見た戦争とは何か? 本当の敵とは? 多くの問いを読む者に投げかけるこの作品に、逢坂さんが込めた思いとは。

(取材・文=松井美緒 撮影=干川 修)

 逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』は、異例ずくめだ。昨年8月、アガサ・クリスティー賞大賞を受賞しデビュー。全選考委員が満点をつけたのは、史上初のこと。11月の刊行後わずか1カ月で直木賞候補にノミネートされ、今年4月には本屋大賞を受賞した。デビュー作での受賞は、湊かなえさんの『告白』以来の快挙。現在の累計発行部数は、紙と電子版を合わせ47万部を超えている。この作品の快挙を支えているのは、紛れもない読者の声、読者の強い思いだ。逢坂さんは、刊行後間もなく書店を巡ったころを振り返る。

「戦争ものはあまり読んだことがなかったけれどこの小説は面白かったと、たくさんの書店員さんが言ってくださって。同様のファンレターも多くいただきました。普段は戦争ものに興味のない方にも手に取っていただきたいと思っていましたので、本当に嬉しかった。書いてよかったと思いました」

 作品の舞台は、第二次世界大戦下のソヴィエト社会主義共和国連邦。18歳の少女セラフィマは、この戦争ですべてを喪った。彼女の暮らす村はドイツ軍の急襲を受け、彼女の母を含め村人は皆殺しにされたのだ。セラフィマを救ったのは赤軍の女性兵士イリーナ。彼女によってセラフィマは女性のための狙撃兵訓練学校に連れて行かれ、同じように家族を喪い、戦うことを選んだ女性たちと出会う。精鋭の狙撃兵として育てられた彼女たちは、やがてスターリングラードの攻防戦へと身を投じていく。

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突出した存在でありながら語られなかった女性狙撃兵

 独ソ戦と女性狙撃兵は、逢坂さんがかねてより描きたかった題材だ。

「女性狙撃兵は歴史上極めて突出した存在です。第二次大戦で女性兵士を組織的に実戦投入したのはソ連だけでした。戦車兵やエースパイロットとは違って、狙撃兵の戦果は殺した人数でしか語りえない。だから傑出したスナイパーは、何百人殺害という通常では考えられない称えられ方をする。その象徴が、作中にも登場する史上最高の女性狙撃手、リュドミラ・パヴリチェンコです」

 独ソ戦についても問題意識があった。

「独ソ戦は空前絶後の殲滅戦であり、第二次大戦での主軸です。しかしやはり日本での大戦のイメージは、太平洋戦争とノルマンディー上陸作戦あたりから始まる西部戦線で固まっている。女性狙撃兵と独ソ戦、ともに突出していながら、日本では語られていない。それは小説の題材にすべきものだと思いました」

 だが、逢坂さんがセラフィマたちの物語にたどり着くまでには、長い時間を要した。逢坂さんが戦争について深く考えるようになったのは、高校1年のころまでさかのぼる。

「アメリカ同時多発テロが起きて、世界はここで確実に悪い方向に変わるだろうという予感がありました。その変わっていく変化を見届けたい。それで大学は国際学部を選びました」

 卒業後就職し、会社員生活を続けるもどこか物足りなさを感じ、大学時代に楽しんでいた論文執筆に思いを馳せる。今は論文は書けないが、と始めたのが小説である。

「1作目は、1970年代の南米を舞台にした家族の話。それから部活ものやテロが多発する近未来の日本など、いろいろ書きました。変わったところでは、学校で新興宗教を作る話。地味な学生が生徒会長を目指すことになって、参謀についた女生徒から新興宗教で選挙に勝つぞと言われる。それで模擬宗教を始めたら、いつの間にかカルトができてしまうという物語です」

 初めての本格的な歴史小説は、『同志少女よ、敵を撃て』の前に完成させたナチス・ドイツ下の少年たちの物語だった。歴史を描く面白さは、史料から見えてくるものにある。

「歴史以外のジャンルは、基本的にはゼロから考えていい。でも歴史ものには史料があります。最初にテーマを決めても、史料を集めると歴史の違う側面が確実に見えてきます。そこをちゃんと取り込んでいくと、多面性を持った小説が仕上がってくる。史料を探すほど当初の予定からはずれるけど、それが作品の面白さにつながるんです」

 逢坂さんが歴史小説を書く方法を習得したころ、世の中では徐々に独ソ戦への関心が高まっていた。2015年にスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチがノーベル文学賞を受賞し、彼女の第1作『戦争は女の顔をしていない』が日本で再び出版。パヴリチェンコの回顧録などの史料も手に入るようになった。

「様々なパーツが揃い、テーマも見えてきた。今書くべし、と自分の中のゴーサインを出しました」

(続きは、雑誌『ダ・ヴィンチ』でお楽しみください)
 

逢坂冬馬
あいさか・とうま●1985年、埼玉県生まれ。2021年、『同志少女よ、敵を撃て』で第11回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞しデビュー。同作は第166回直木賞候補となり、キノベス!2022で第1位獲得。22年本屋大賞を受賞。