小説紹介クリエイターのけんごが小説『ワカレ花』を発表! 発信から執筆へ、その動機とは?
公開日:2022/4/28
小説紹介クリエイターのけんごさんが、4月28日にデビュー小説『ワカレ花』(双葉社)を上梓した。けんごさんはこれまで、TikTokなどのSNSで小説紹介動画を投稿する活動を展開してきた。わずか30秒ほどで小説の読みどころを的確に伝え、10~20代を中心に絶大な支持を獲得。30年以上前に発売された筒井康隆さんの『残像に口紅を』は、けんごさんの紹介動画をきっかけに11万部以上が重版された。出版関係者や書店員からは、「日本でいちばん本を売るTikTokクリエイター」とも呼ばれている。「小説に興味を持ってもらうこと」を誰よりも知るけんごさんだからこそ描ける小説の世界とは。
(取材・文=松井美緒 撮影:かくたみほ)
小説を書くことで、小説の魅力をさらに伝えたい
――小説家デビューの経緯を教えてください。
けんご:小説紹介の活動を通じて、作家さんや編集者さんとお話しさせていただく機会が増えました。その際に、「自分でも小説書いてみたら」とたびたび勧められて。でも、僕にとって小説って純粋に娯楽として楽しむもので。今まで一度も、趣味でも書いたことなかったんです。「絶対無理です」ってお返事していたんですが、双葉社の編集者さんがとくに熱心に具体的な提案をしてくださって、今回の『ワカレ花』の出版につながりました。
――編集者さんには、小説を書くことをすぐにOKしたんですか?
けんご:いやあ、2~3週間ほど悩みました。いろんな葛藤がありまして。例えば、僕はいわばぽっと出のインフルエンサーでしょう。そんな人間が急に小説を書くなんて、プロの作家さんや今プロを目指している方に失礼じゃないかと。みなさん、長年苦労を積み重ねているわけですから。でも、小説紹介っていう僕の活動の基盤をもう一度考えたときに、ちょっと心境が変わって。僕が小説を書くことで、小説の魅力をさらに伝えることができるんじゃないかなと思い始めたんです。それで、書くならとことん本気で取り組もうと心を決めました。
『ワカレ花』のテーマは、TikTokのコメントから
――『ワカレ花』は、恋愛をテーマにした短編集ですね。高校の先生に片想いする女子高生や、年下の男の子に密かに想いを寄せる白血病の女の子など、さまざまな恋の形が美しく描かれています。着想はどのようなところから生まれたんですか?
けんご:小説を書く一番の目的は、小説の魅力を伝えることでした。だから僕が描きたい物語というよりは、僕を応援してくださるフォロワーの方たち、とくに小説を初めて読む方が、どういう物語だったら楽しめるだろうと考えました。TikTokなどに、視聴者の方から「こういう物語が読みたいです」「こんな小説ありませんか」っていうコメントをたくさんいただくんです。例えば悲恋ものや先生と生徒の恋。じゃあ、そういう小説を僕が書けばいいんじゃないかと。視聴者のみなさんの求めるものを詰め込んだのが『ワカレ花』ですね。
――四季折々の花も、『ワカレ花』のモチーフになっています。
けんご:春夏秋冬の自然を描きたい、という思いはずっとありました。僕は福岡県のいなかの出身で、母親がガーデニングに凝っていたんです。それで小さい頃から四季の草花に親しんでいました。『ワカレ花』には、自分の好きなものをいろいろ入れました。猫とか、もちろん小説も。小説について書くのは楽しかったですね。アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』が難しかったというくだりがあるんですが、僕の思い出を反映させました。
小説紹介動画を、小説に興味のない人に届ける喜び
――けんごさんがTikTokで小説紹介を始めたのは、大学在学中、2020年ですね?
けんご:大学の野球部にいたんですが、引退するのをきっかけに何か新しいことを初めてみようと思いまして。1本目の小説紹介動画は、元乃木坂46、高山一実さんの『トラペジウム』でした。最初から驚くほどの反響をいただいて。僕の周りの野球をやってる人って、冗談抜きで小説なんか全然読まないんです(笑)。野球部の友達と小説の話ってまったくしたことがなかった。だから、自分の好きな小説の話をして、それにそんなにも反響があるなんて、とても嬉しかったです。
――4本目の紹介動画、こがらし輪音さんの『冬に咲く花のように生きたあなた』は、早くも緊急重版につながりました。筒井康隆さんの『残像に口紅を』を紹介した動画は、いわゆる大バズりして、11万部を超える重版となりました。多くの人に動画を届ける秘訣はなんでしょうか?
けんご:動画を作るときに意識しているのは、映画館で流れる予告編です。あれって、数分間に映画の魅力がすべて詰まっていますよね。あんな感じで無駄を切り捨てて、とにかく小説の魅力を簡潔にまとめるようにしています。でも何より、僕の読書始めが遅かったのが、かえってよかったのかなと思います。僕が初めて小説を読んだのは大学1年のとき。東野圭吾さんの『白夜行』です。それまで読書にまったく興味がなかったんですが、「小説って、こんなに親しみやすくて面白いものなんだ」と気付かされました。その感覚が今の小説紹介に役立っています。限りなく読書したことのない人、読書初心者に近い立ち位置でいられているのかなと思います。
――読書紹介の楽しみは?
けんご:なんといっても、動画の視聴者の方からのリアクションです。自分の好きなものを発信して、それにいろいろな反応をいただけるというのはとても幸せです。なかでも、小説に興味がなかった方、とくに若い世代の方に、僕の好きなものが届くというのがすごく嬉しいです。「読んでみたら面白かったです!」「小説ってこんなに親しみやすかったんですね」など、たくさんのコメントをいただいて。もしかしたら、僕の活動が作家さんや編集者さん、出版・書店業界の力になってるのかもしれないとも思えるようになりました。
――けんごさんは、TikTokのほかInstagramやTwitterでも発信しています。それぞれのプラットフォームに特性はありますか?
けんご:InstagramやTwitterは、それにYouTubeもですが、僕の印象では、最初から同じ趣向を持った仲間、本なら本好きで盛り上がっているように感じます。でもTikTokは、それを知らない層にも動画が届く。スクロールさえすれば、読書に興味がなくても僕の紹介動画に目を留める可能性がある。情報発信という点で、TikTokは最強のプラットフォームではないでしょうか。
人生の信条は、嫌なことは避けて生きよう
――『ワカレ花』には、けんごさんの経験も反映されていますか?
けんご:「落ち葉」という短編に出てくる加賀先生には、僕の思っていることをかなりそのまま言ってもらっています。例えば「我慢して頑張るって辛いじゃん。それだったら、嫌なことをとことん避けて、楽しいことして生きてた方が楽だと思わない?」というセリフ。僕は、自分の人生、嫌なことは避けて生きようと決めていて。その信条の代弁です。
――「嫌なことは避けて生きる」が、けんごさんの人生の信条になったのには、何かきっかけがあったんですか?
けんご:小学3年から大学4年まで、ずっと本格的に野球をやっていまして。強豪校の野球部にいた高校のときは、本当に地獄でした。毎朝、通学途中に踏切を通るんです。「今ここで、電車に飛び込んだらどんなに楽だろう」と何度も考えました。少なくとも300回は。それでもう僕の我慢は上限に達してしまいまして。大学に入ってからは、絶対に楽しく生きようと思うようになりました。
――大学では、もう我慢はしなかった?
けんご:そうです。就職の内定も蹴ってしまいました。内定者研修の初日に、人事の方に「辞めます」と言って帰ってきちゃって。会社のために頑張る、みたいな精神の押し付けを気持ち悪く感じたんですね。「これ無理」と思って。人事の方は、「こいつ何言ってんだ」みたいな顔をされていましたが(笑)。こういう生き方もあるんだよ、というのが加賀先生の言葉になってるんですね。
――加賀先生の言葉は、けんごさんから読者へのメッセージでもあるんですね。
けんご:若い世代の方たちも、もっと柔軟に人生を考えてもいいんじゃないでしょうか。必ずしも偏差値の高い大学に行くことが正解ではないですし。好きなことやって、いろいろ挑戦して、多少アウトローな人生でもいいと思います。この小説がそういうことを考えるきっかけになればいいですね。
――今後の活動について教えてください。
けんご:もちろんもっと小説を書いてみたいという気持ちもあります。でも、やはり僕の活動の基盤は小説紹介です。『ワカレ花』を書いたことで、小説を出版する苦労を知りました。作家さんへのリスペクトもさらに増しました。小説の魅力と親しみやすさをもっと多くの人に伝えたいと、より一層強く思っています。
【プロフィール】
けんご●小説紹介クリエイター。大学在学中の2020年よりTikTokで小説紹介を開始。わずか30秒ほどで小説の読みどころを伝える動画を次々に投稿し、10~20代を中心に支持を集める。21年7月に筒井康隆著『残像に口紅を』を取り上げたところ話題となり、年末までに11万部を超える重版となった。現在、InstagramやTwitterといった他のSNSにも活動を広げている。