男よりビジネス! そんな女性主人公のファンタジー小説が人気の理由とは?

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/29

拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます
拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます』(久川航瑠/KADOKAWA)

 結婚しているにもかかわらず、まだ一度も会ったことのない夫。そんな夫に主人公が離縁状を送りつけるところから始まる小説『拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます(上・下)』(久川航瑠/KADOKAWA)が、発売1週間で重版になるほどの人気だ。これを受けてオーディオブック化も決定しているという。ハッピーエンドを期待される女性向けファンタジー小説のタイトルに、「離婚」の文言が入っているという意外性が良いのだろうか? 人気の理由を探ってみた。

 物語の背景は、19世紀ヨーロッパ風の国。主人公バイレッタは、16歳で親の言うままに伯爵家に嫁いで8年目になる。しかし、夫とは一度も会ったことがない。軍人である夫のアナルドは戦場にいて、一度も戻ってきていないからだ。そもそも結婚式もしておらず、住まいを実家から義父らの住む夫宅に移したというのが実態だ。結婚に到った理由も、単にアナルドの昇進条件「既婚」を満たすため、ただそれだけだ。ここまでの内容から予測するのは、バイレッタはさぞ悲しい思いで毎日を過ごしているに違いない、だから離婚なのか、という展開だろう。

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 しかし予測を裏切って、主人公バイレッタはのびのびと楽しく婚家で過ごしている。夫がいなければ妻の役割を果たさなくていい、つまり好き放題できるというわけで、自分のやりたいことをやっているからだ。やりたいこととは「商売」で、彼女は学生時から「男より商売!」とドレス店のオーナーを続けているビジネスガールなのだ。嫁いでからは、酒浸りで使用人に領地経営を丸投げ中の義父に代わって、その領地経営もしている。これまた性に合っていたようで、領民に慕われる活躍ぶりだ。

 この自由で充実した日々に影が差すのが、戦争終結に伴ってアナルドが帰宅するという報だ。バイレッタは自分の母を思い浮かべ、軍人の妻として夫をたて、生活のすべてを夫に捧げなくてはならないことを恐れる。そんなの嫌だ!というわけで、バイレッタはアナルドに離縁状を突きつける。

 アナルドにしても、戦場に居たって妻に手紙くらい送れそうなものだが、8年間一度も連絡を寄越したことがない。もともと、冷たい人間との評判で、自分の感情にも他人の感情にも鈍感な人間だ。

 バイレッタは美人で口の達者なビジネスガール。ファンタジー小説の主人公像としては、かなり異例だろう。なにせ、美貌・家柄・賢さ・相手に負けない勝気さと、すべて揃っているのだから。普通なら、女の敵になりがちな人物像だ。本作品内でも、事実はともかく、社交界上で多くの男を手玉に取っている毒婦という噂を流されている。しかし、本人はこれを否定することなく、商談の武器にと敢えて毒婦を演じるしたたかさを見せる。

 この規格外の主人公と夫との心の動きは、恋愛における心理戦としても楽しめる。自分が相手を振り回す側に立とうと、あれこれ作戦を考えるのだ。また、ファンタジー小説でありながら、現代女性たちの悩みである「妻の役割・夫の役割・自由と結婚」を描いていることもおもしろい。離婚したい設定からどのようにロマンスに結びつくかという物語の本筋に加えて、このジャンルでは珍しい「恋愛心理戦と現代女性の悩み」がちりばめられていることが、本作品の人気の理由だろうと思う。

 学生時代に型通りの恋愛小説を読んでいた古い世代としては、女性向けファンタジーもここまできたかと感慨深い。とはいえ、ジャンルの長所である、現実を忘れてドキドキニヤニヤできる点はしっかり押さえられているのでご安心いただきたい。主人公の人柄に表れているように、明るく行動的な作品で、読むと元気になること間違いなしだ。

文=奥みんす