できない理由より、どうしたらできるかを考えたい。介護の現場で働く人たちが抱く思い、感じるやりがいとは?
公開日:2022/5/11
「最期まで自分らしい人生、生活を送りたい」
看護学生時代、特別養護老人ホームへ実習に行ったとき、利用者さんから聞いた言葉だ。最期まで自分らしく生きる。一見、難しいことではないようにも思えるが、高齢になるほど自分らしく生きるためのサポートが必要だ。そして、その役割を担うのは介護・福祉・医療の分野で働く人たちで、介護の現場はその最前線といえる。
しかし僕らは、そこで働く人たちがどんな考え・思いのもと仕事に携わっているのかほとんど知らないのではないだろうか。「介護職=つらい仕事」というマイナスなイメージだけが先行し、やりがいやプラスの面が見えにくいのもあるが……。
『THE 介護現場 〜介護に関わる全ての人へ〜 上』(小森敏雄、キャッチャー太郎)は、介護の現場で働く人が感じるやりがいやプラスの面に焦点を当てた漫画である。キャッチャー太郎さんがInstagramに投稿していた内容が、現役介護士を中心に話題を呼び、今回の書籍化につながったという。本作を読み進めていくと「介護の仕事は、しんどいことばかりじゃない」と前向きに捉えられるはずだ。
作中で描かれるのは、介護の現場で働く人たちの、表に出ることのない思いや裏側での奮闘ぶりだ。例えば、第15章では「ビールが飲みたい」と訴える94歳の男性利用者さんが登場する。彼はいわゆる「飲兵衛」で、入所時に彼の娘や孫からの「飲みたいと言われても聞き流してほしい」という要望が、情報として共有されていた。
家族の意向を汲むのであれば、彼には「NO」と断るのが正しい対応だろう。ただカンファレンスでは、スタッフからこんな思いが発せられる。
“いまは元気だけど、いつ状態が悪くなるか分からない。明日かもしれないよ。急性期の患者さんではないのだから、飲みたいときに飲むのが1番だと私は思う”
確かに彼の年齢は94歳。いつ何がきっかけで、ビールを口にできなくなるか分からない年齢だ。もしこのまま訴えを断ったり、聞き流したりすれば、「ビールを飲むこと=自分らしい生き方の1つ」である彼の気持ちを無視することになってしまう。自分らしい生き方を支援する側からすれば、何とかしてあげたいところだろう。
話し合いの末、ビールは施設で月1回催される行事のときだけOKに。作中では、久しぶりのビールを飲んで「うまい!」と告げる利用者さんとその横でガッツポーズをするスタッフの姿が描かれる。傍から見れば小さな出来事、変化かもしれないが、利用者さんにとっては大きい変化だ。またそれが現場で働くスタッフにとっても「自分らしく生きようとする利用者さんの気持ちに応えられた」というやりがいに繋がっている。
読了し、率直に感じたのは「介護の仕事ってかっこいい……!」だ。他者の人生やその人らしさを考え、身近な存在として支えることは決して簡単ではない。それ相応に心も身体も消費する。でも彼らがいてくれるから、自分らしく生きることができる利用者がいる。これは紛れもない事実だ。“利用者にとっての英雄”と言っても過言ではない。
本作を読む際は、ぜひ「介護の仕事=つらい、しんどい」という先入観は取っ払ってほしい。きっと介護の仕事の大切さや素晴らしさを再認識できるし、応援したくなるはずだから。下巻ではどんなエピソードが描かれるのか、いまから楽しみだ。
文=トヤカン