エッセイ:栃木無探訪未遂/小林私「私事ですが、」

エンタメ

公開日:2022/4/30

 格好良くないまま積読を幾つか崩し、朝を迎えた。

 昨日から一切外に出ていないが、関係ない。マップを開くと昼前には帰宅出来そうだったのでそのまま車に乗り込んだ。

……のも束の間、帰路について数分、流石に恋人に土産くらい買って帰っても良いだろうと思い直した。

 ただわざわざ何かありそうな宇都宮市内まで出向くのはせっかくの初日の無探訪が少し勿体ない。目にとまったコンビニに車を停め、マップに「みちのえき」と音声入力をする。

 

 「道の駅うつのみや ろまんちっく村」

 

 なんとも寂れてそうな名前の、道の駅にヒットした。思いの外近いようなので車を走らせると、いやはや、先ほどの発言を撤回したい。道の駅、というにはあまりに上等、活気付いたファーマーズセンターというか、くたびれたアウトレットというか、そんなような建物に行き着いた。

 駐車場もやけに広い。というか本当にこの人混みは観光客なのか? 地元の溜まり場、イオンモールの代替品という感じの賑わいである。ただ、入ってみた土産屋兼スーパーに置いてあるイチゴがもう、あまりに高かったので、恐らく観光客向けの施設ではあるのだろう。

 

 外から見た印象を裏切ることのないそこそこの広さがあったので、フラフラしていると、なんとライブをしている音がする。観客は10人かそこらで、恐らく地元の人間であろう男性が弾き語りをしていた。

 せっかく無駄に時間もあるのだし、覗いていくかと近くのベンチに腰を下ろした。

 うーん。

 非常にちょうど良いライブである。

 

 初めに見た、私の三倍くらい年上であろう男性が歌っていた、恐らくオリジナル曲であろう曲に「プラス思考で」という歌詞だけが聴き取れた。今日の司会なのだろう、先の男性と同い年くらいの女性が「いや~私の言いたいこと全部言ってくれました!」と称えていたのも、何か良かった。

 その後にピンクのドレッドノート(戦艦ではない、大きなアコースティックギター)を抱えた何とも小さすぎる女性が出てきた。司会の方が言うにはなんと12歳なのだという。そういえばその子は客席側から登壇し、周りにいた大学生か高校生くらいの、兄貴だろうか、男性二人が見守っていたので、もしかしたら彼らの演奏も聴けるのかもしれない。俄然気分が上がってくる。

 

 というか、初めの男性もその近くに戻って行ったので、もしかして出演者以外で観てるのは私だけなのではないか。12歳の子の父親だという男性もその後演奏していたし。

 などと考えていたら今度は司会の女性が歌うようだ。そもそも司会という概念もなかったようで、なんだかすごく適当に、近くの友人であろう女性に「てきとうに喋って場を繋いで~」とマイクを渡していた。

 こうなってくるともう、全部が面白くなってくる。

 

 初めの男性が12歳の子とやけに仲良くしていたので、家族ぐるみで来ているのだろうと思っていたらどうやら違うらしい。どうやらというか、父親の方がMCで

「○○さんはね、娘のおじいちゃんみたいな人でね」

と言うと、客席の祖父(仮)が

「そうそう、でもアンタの父親ではないの」

などと返し、会場を沸かせていた。

 なんとも都合良く疑問を解消してくれるもんである。

 

 そんな調子で楽しくライブを見ていると、兄貴らしき男二人の内の一人がちらちら私を盗み見ながら、スマホで何か画像検索してもう一人の男に見せている。まさかバレたのだろうか。

 

 格好をつける話でいうと、身バレはとてつもなく恥ずかしく、しかしちょっとだけ誇らしいこともである。

「小林私さんですかそうですかところで一曲どうですか」なんて言われた日には、それはもう大変面映ゆいがそれでも、音楽家冥利に尽きるわけである。

 一体どんな画像を見せているのやらと、こちらもなんとなく視線をやると案の定グーグル検索で画像を見せているようだ。自分が気色悪いことこの上ないがどうしても気になって薄めで見てみると、シルエットだけ確認出来る。人のバストアップと無地の背景に見える、宣材写真だろうか。

 

 うーん。

 自分にしてはやけに頭がチクチクとんがっている気がするし、顔らしきものも白すぎるように見える。

 うーーん。

 

 ……デーモン閣下か?

 デーモン閣下じゃないか?

 

 一度そう思うと完全にデーモン閣下に見える。というか今この原稿を書きながら調べてみるとまさにこの日見たシルエット、色の記憶とピタリ一致する宣材写真が出てきた。

 私の方を見ながらデーモン閣下の宣材写真を見せている。

 

 違うよ?

 

 いくらなんでも「あの、デーモン閣下ですか?」と聞かれる準備はどうしたって出来ない。無駄に冷や冷やしているが、午前の部らしきパートが終わりそうなのでせっかくなので見ていきたい。風も強くなってきてさっきから寒い。寒いからお手洗いにも行きたい。小雨もパラついてきてるし、気付いたら俺、客席の9割が演者のライブを2時間くらい観てるし。

 

 そうこうしている内に午前の部が終わったようだ。終わってみると、ライブも良かったがそれを取り巻くドラマばかり気になってしまっていたような気もする。

 さっとお手洗いに行き、小腹が空いたことに気付いたのでご飯でも食べて帰ろうとまたフラフラしていると、先ほど私の顔を見ながらデーモン閣下を写真を周囲に見せていた少年が寄ってきた。

 マズい、僕は違うんです…!

 

 「あの、小林私さんですか?」

 

 セーフ! 君も緊張していたのだろうが私もそうだったよ! そんな思いをおくびにも出さずに、ええそうです、と返すと、彼は随分前から見ていてくれたリスナーだったようで、非常に感激してくれた。恐縮しながらこちらも感謝を告げていると、若い衆が怪しいロン毛と写真を撮っていることを怪しんだのか、父親の方が声をかけてきた。一応こういうものでして、と説明をすると

 

 「へえプロの方で、どうです一曲やっていかれますか」

 都合が良いな~この旅。

 

 とは言っても自分がこの雰囲気の客層にウケが悪いことは分かっている。ただまあ、せっかく声をかけてきてくれたアイツの為にはひと肌脱ぎたいわけで、結果的には65点満点で34点くらいのライブが出来たと思う。

 あまりにも司会の方に「プロです、プロが来ました」と煽られるのが恥ずかしくて、曲が終わって最後に「あ~自分、今度さいたまスーパーアリーナでライブしま~す」と言ったことが主な減点理由である。

「さいたまスーパーアリーナ」の箇所が早口で、「しま~す」が「しむぁ~す」だった。ダサすぎる。

 

 終演後、勿論己のサインなんかで良かったらいくらでも書くのだが、まさかのギターに書かされてしまった。寒さとかでなく、流石に震えた。そのギター、早めに替えなさい。

 それと、確実に小林私を知らなければ特段気に入ってもなさそうな方々にもねだられた。このもらっとけ根性は見習いたいし、こっちも気が楽である。などと書くと冷静そうだが、その後全然小腹を満たす気にもなれず大汗をかきながら車に戻った。慣れないことはするものではない。付近の安いガソリンスタンドでも聞くくらいのジョークが言えれば良かったなあと思いながら帰路についた。

 高速に乗ってから放っておいた腹がぐうぐう鳴るので、栃木県内のサービスエリアに入って餃子定食を注文。全く舌が肥えていないので普段食べる餃子との違いが分からなかった。

 

 結局、観光には目もくれない無頼にもなれず、積読を崩し切る集中力もなく、堂々とも居られず、なんだか冗長な日記になり、色々格好はつかなかったが、旅としてはそれなりに良いものになってしまった。

 そういえば、デーモン閣下は本当になんだったんだ。

 エッセイ終わり。

こばやし・わたし
1999年1月18日、東京都あきる野市生まれ。
多摩美術大学在学時より、本格的に音楽活動をスタート。
シンガーソングライターとして、自身のYouTubeチャンネルを中心に、オリジナル曲やカバー曲を配信。チャンネル登録者数は14万人を超える。
2021年には1stアルバム「健康を患う」がタワレコメン年間アワードを受賞。
2022年3月に、自らが立ち上げたレーベルであるYUTAKANI RECORDSより、2ndアルバム「光を投げていた」をリリース。

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