本土復帰までに強奪された100万ドルを取り戻せ! 琉球警察のサスペンスフルな捜査と戦後琉球の過酷な歴史を描く『渚の螢火』

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/15

渚の螢火
渚の螢火』(坂上泉/双葉社)

 2019年に西南戦争を舞台にした松本清張賞受賞作『へぼ侍』でデビューを果たし、その翌年に「大阪市警視庁」の刑事たちを描いた第2作『インビジブル』で大藪春彦賞・日本推理作家協会賞を受賞。そんな注目の新鋭作家・坂上泉さんの第3作『渚の螢火』は、米軍統治下だった1972年の沖縄を舞台にした歴史警察小説。主人公となるのは沖縄県警察が発足する前の警察機構「琉球警察」の捜査官、真栄田太一だ。

 5月15日の本土復帰を2週間後に控え、特別警戒を指揮していた真栄田は本部長に呼び出され、衝撃的な事件の発生を知らされる。総額100万ドルの米ドル札を積んだ琉球銀行の現金輸送車が襲われて行方を絶ったのだ。

 日本円導入のために琉球社会で流通する米ドル札の回収を急いでいた最中の事件だった。円ドル交換は新生沖縄県の幕開けを飾る一大事業。それが完全な形で遂行できなければ琉球政府の信用は地に落ち、アメリカと日本の外交紛争に発展しかねない。事態を重く見た琉球警察上層部は箝口令を敷き、真栄田に対して、日米両政府に知られぬよう復帰当日の通貨交換開始までの事件解決を命じる。

advertisement

 しかし、極秘捜査ゆえ真栄田のもとに集められた捜査班員もごくわずか。誰からも慕われる定年間際のベテラン刑事、なぜか真栄田のことを敵視している元同級生の同僚、元不良の若手警察官、そして刑事に憧れていてフォードを乗り回す女性職員という特別チームを組んで捜査を進めていくのだが、事態は沖縄財界やギャング、さらには米軍関係者を巻き込み、二転三転していく。真栄田らは刻限までに100万ドルを取り戻し、犯人を捕らえることができるのか――。

 物語の縦軸として100万ドル強奪事件の捜査がサスペンスフルに展開する中で、1972年当時の日本でもアメリカでもない、琉球という地の独特な“チャンプルー”な文化や習俗がディテール豊かに描かれていく。その巧みに再現された、もはや存在しないエキゾチックな琉球の世界観とムードに思わず引き込まれる。

 そして、その世界が抱えている戦後の過酷な歴史とそこに生きた人々の姿もまた浮かび上がってくる。戦後復興の陰には無数の悲劇があった。終戦直後、米軍基地からの略奪行為“アギヤー”の戦果によって生き延びてきた少年、売春によって幼い弟の食い扶持を稼いでいた少女に何が起きたのか? 100万ドル強奪事件の真相を追ううちに日米の狭間で翻弄されてきた琉球の闇と分断を見た真栄田は、自分自身の沖縄人として、そして警察官として揺れ動くアイデンティティにも対峙することになる。

“私は、自分が何者か、沖縄とは何なのか、分からないから問い続けてきた。そのために警察官になった。私は、この捜査が欺瞞にまみれているとしても、沖縄の警察官として、沖縄のために事件を解決しなければならない”

 沖縄返還の直前に起きた100万ドル強奪事件の終着点は、現代に生きる読者にとっても「沖縄」について改めて考える契機を与えてくれるものになるだろう。

文=橋富政彦