理解ある上司から突然、無視されるようになって…被害者・加害者・傍観者に取材。大人のいじめはなぜ起きるか
公開日:2022/5/19
日々、ニュースなどで報道される、子ども間の衝撃的ないじめには心が痛む。だが、その一方で大人のいじめの悲惨さは、未だに見過ごされがち。読者の中にも、新生活が始まり、人知れず苦しい思いをしている方はいるのではないだろうか。
そんな大人のいじめの実態に迫ったのが、『いじめをやめられない大人たち』(木原克直/ポプラ社)。本書では被害者だけでなく、加害者や傍観者にも取材を行い、いじめが起きてしまう理由を考察し、対処法を提案している。
なぜ、大人のいじめは起きる?
大人のいじめは、なぜ始まり、長期化・深刻化してしまうのか――。その疑問を解くカギは、本書に収録された多数の事例から得られる。
例えば、精神科病院で作業療法士をしていた坂本さん(30代女性/仮名)は、男性上司・石神さん(40歳前後/仮名)から、突然いじめを受けるようになった。
豊富な経験を買われた坂本さんは、転勤先の病院で新しい治療プログラムを浸透させようと奮闘。石神さんはしばしば「自分が理解できないことが怖い」「置いていかれるのではないかと思うと怖い」と不安を吐露することもあったが、新しい手法を吸収しようと前向きな姿勢を見せていた。
だが、1年が経過した頃、突然いじめが始まった。当時、家族の通院に付き添うことがあった坂本さんは、ある日の病院の治療プログラムにどうしても参加できなかった。
そこで、パートナーを組む予定だった石神さんに引き継ぎをし、欠勤の了承を得たが、彼はその日のプログラムを失敗だと判断。プライドが高い一面があった石神さんは、失敗の理由を坂本さんが自分に仕事を押しつけたせいだと感じたようで、無視が始まった。
いじめはエスカレートしていき、ついには坂本さんが提唱してきた治療法を一切行わなくなるまでに。いじめにより、坂本さんは3年にわたりメンタルクリニックに通院。今もフラッシュバックに悩まされることがあるという。
このいじめには、石神さんの生い立ちや男性観が大きく関係していたようだ。坂本さんによれば、石神さんは家庭環境が複雑で、父親に対する嫌悪感を抱きつつも「男は強くなければならない」「弱音を吐いてはならない」という男性観を持っていたのだという。
このように、大人のいじめには加害者の生育環境や何かしらの満たされない感情、生きる中で溜め込んできた鬱憤が関係していることもあるため、根本的な解決が難しい。
また、パワハラとは異なる部分があったり、経済的な理由によって子どものように転校するといった解決策をとることが難しかったりするため、大人のいじめは長期化・深刻化しやすいのだ。
本書には、被害者から加害者になった女性の体験談や過密な業務によって余裕がなくなり発生した職場いじめの実態なども綴られている。生の声に触れると、自分が置かれている状況を客観視できたり、友人や家族をいじめから守る術が見えてきたりするだろう。さまざまなケースに触れ、問題が複雑に絡み合い起きている大人のいじめの実態をまずは知ってほしい。
いじめのキーパーソンは「傍観者」
いじめが起きると、傍観者になってしまうことも少なくない。特に、ママ友間のいじめは親同士の不穏な人間関係が子どもに伝わり、子ども間のいじめに発展してしまうことがあるため、被害者を助けたり、加害者に注意したりすることが難しい。
けれど、いじめを科学的な見地から研究している大阪大学大学院招聘教員の和久田学氏は、傍観者こそ、いじめのキーパーソンだと指摘する。
和久田氏によれば、大人のいじめについての調査は、世界的に見てもまだ十分ではないが、子どものいじめに関する調査からは、傍観者が解決に動くほどいじめの収束は顕著に早くなることが分かっているのだという。
そして、傍観者が何もしない場合、加害者側は自分の行為は周囲も認めているものであり、特に問題があるわけではないという認識を強め、自身の中でいじめが正当化されてしまうそうだ。傍観者が果たす役割は、私たちが思っている以上に大きい。
また、収束に動くことは、傍観者自身を守ることにもつながる。こちらも子どものいじめに関する研究ではあるが、「いじめを目撃すること」は、いつ自分がターゲットになるかというストレスに常にさらされ続けることであり、被害者と同様のストレスを受けるという研究結果もあるそうだ。
いじめに立ち向かうことは勇気がいるが、こうした調査結果を知ると、傍観者でい続けることへの意識が少し変わりはしないだろうか。
本書では、いじめをパワハラとして法的に争うためのコツや海外で行われている対処法なども学べるので、これを参考に、傍観者はいじめを助長させない方法を、被害者は自分の望む「解決」がどんな形なのかを考えつつ、ギリギリのところで踏ん張っている自分に、これ以上無理をさせない生き方を見つけてほしい。
文=古川諭香