『ラブカは静かに弓を持つ』『怪談狩り 黒いバス』『沖縄のことを聞かせてください』編集部の推し本5選

文芸・カルチャー

公開日:2022/5/22

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 ダ・ヴィンチWeb編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

沖縄を知るとともに、並々ならぬ宮沢氏の真摯な姿勢に打ちのめされる『沖縄のことを聞かせてください』(宮沢和史/双葉社)

『沖縄のことを聞かせてください』(宮沢和史/双葉社)
『沖縄のことを聞かせてください』(宮沢和史/双葉社)

「沖縄」と聞いて何をイメージするだろう? 基地問題とともにある沖縄、美しい沖縄、安室奈美恵をはじめ多くの著名人を生んだ沖縄。そして、県民の4分の1が犠牲となった沖縄戦の過去…。沖縄を知れば知るほど、複雑な歴史を繰り返しながらも、ゆたかな風土や文化・芸能、特異な性質を持つ奇跡のような沖縄に気づく。そんな沖縄に私自身惹かれ続けている。

 本土復帰50年を迎えた2022年に、元THE BOOM宮沢和史氏が『沖縄のことを聞かせてください』を発表した。一見学術書のような装いだが、一度ページを開くといっきにその内容に引き込まれる。1992年に「島唄」を発表し、多くの称賛や批判を浴び、沖縄の人間ではない自分が「本当にこの曲を作ってよかったのだろうか」という葛藤を抱えながら30年以上、沖縄に向き合い続けてきた宮沢氏だから語れる実感のこもった言葉、真摯でタフな姿勢に心が揺さぶられ、沖縄が内包する新たなピースの数々が自分の中にまた追加される。

 琉球政府(1952~1972年)下で育ち、本土に行けば日本人からは外国人扱いを受けた時代を生きた具志堅用高氏、沖縄と奄美が出自の両親のもと大阪で育った又吉直樹氏、「『島唄』が売れたことによって、沖縄の人の方が目覚め、強く刺激された」と語る八重山民謡の名手・大江哲弘氏、「島唄」制作のきっかけとなった「ひめゆり平和祈念資料館」の前館長ら、沖縄を生きる10人との対話の内容は大いに発見がある。

 さらには、宮沢氏が深く影響を受けた「沖縄民謡」の継承活動だけではなく、その源流ともいえる「三線」の材料、国産くるち(成長に最低でも100年かかるらしい)の枯渇に責任を感じ、土地の音楽文化やものづくりの文化の衰退を危惧し、今では植樹プロジェクトの運営にまで関わっているというから驚いた。

 本書は、かけがえのない沖縄を見つめる良い機会になるし、途絶えさせたくない何かに情熱を注いでいる人にとっては、大きな勇気になると思う。

中川

中川 寛子●副編集長。「島唄」に込められた本当の意味に触れ、何十年もこの歌が歌い継がれている理由が分かる気がしました。「風になりたい」のMVの宮沢さん、まるで宮沢氷魚さんを観ているよう…。



仏像×青春の群像劇。未知の世界を知る楽しさを味わえる『東京藝大 仏さま研究室』(樹原アンミツ/集英社)

『東京藝大 仏さま研究室』(樹原アンミツ/集英社)
『東京藝大 仏さま研究室』(樹原アンミツ/集英社)

 東京藝術大学を目指すアニメ『ブルーピリオド』を観て、東京藝大とか芸術系の大学受験ってこんな感じなのかと結構な衝撃を受けて興味を持ったため、タイトルにひかれてこの小説を手に取った。

 絵や彫刻などを学び創作するのではなく、東京藝大のなかでも特殊な存在らしい、通称「仏さま研究室」に在籍する4人の若者たちの物語。おもに仏像などを修復・模倣するという研究室で、小説自体はフィクションだが、研究室は東京藝大に実在するとか。それぞれ夢や目的を持ち、もしくは探して入学した4人の若者が、「模刻」という課題に取り組む姿が描かれる。模刻とは、オリジナルの仏像を模倣して制作することで、姿かたちはもちろん、素材や作り方なども自らが調べて考え、できるだけ本物に近い形で作り上げるというもの。素材探しから使い方、制作工程も紹介されていて、「仏像ってこんな感じで作られているのか」と、読みながら思わず「へー」と声が出てしまった。

 オリジナルの仏像と長い時間向き合い、制作に打ち込むことによって4人は大きく成長していく。それぞれが抱えている悩みや迷いについて、いつしか自分なりに納得する答えを見出していく様子は、まるでその道筋を仏像が示してくれたかのようで、仏像がなぜ作られ、何百年も守られ愛され続けているのかが分かった気がした。

 東京藝大というよく分からない世界を楽しめると思っていたのに、とても爽やかな読後感の青春小説だったのはうれしい誤算。ちょっと上野公園に散歩しに行ってきます。

坂西

坂西 宣輝●近所に新しくできたので久しぶりにファミレスに行ってみると、料理を運んでいるのがロボットだったのでびっくり! せわしなくキッチンとホールを出入りする姿はベテランの風格で、つい見入ってしまいました。未来に置いていかれないようにしなければ。


恩讐の黒いバスが放つ圧倒的な異界感『怪談狩り 黒いバス』(中山市朗/KADOKAWA)

『怪談狩り 黒いバス』(中山市郎/KADOKAWA)
『怪談狩り 黒いバス』(中山市郎/KADOKAWA)

 私は好きなものが2つあり、1つは西瓜、1つは実話怪談だ。毎年4月に西瓜開きをするのだが、同じころに(別に季節関係なく読んではいるものの、気合を入れて)怪談本を読み返し始めるという年中行事がある。そこで改めて、最高だ……と唸りをあげてしまったのが、『新耳袋』の著者の1人であり、実話怪談にこの人あり、という怪異蒐集家・中山市朗氏の怪談本『怪談狩り 黒いバス』だ。

 2021年に怪談狩りシリーズ2年ぶりの作品として出版された本作。帯に「伝説的実話『山の牧場』に匹敵する新たな代表作誕生!」と書かれているが、多くの話を蒐集する中山氏の真骨頂が味わえる一連の怪異を読むことができる。副題ともなっている「黒いバス」にまつわる話の数々は、無関係な土地、無関係な人々を、情念で繋ぐ存在として不気味な存在感を放つ。何がどうしても許せない人間が居たら、人は相手をどうにかしてやりたいと思うのか、どうしたらその気持ちを晴らせるのか、それは死んでも、なのか……。怪談は異形の話ではなく、生きている人間のこすれあいの中から生まれ来るものだと実感させられるとともに、そこで起きた怪異はある種救いにも感じてしまうから不思議だ。

 個人的には黒いバスと同様に、“何かの存在”を感じる「書き換えられた原稿」「私も見た」「セミしぐれ」がたまらない。猛暑になりそうな今夏、ぜひゾクリとした涼しさを楽しんでいただきたい。

遠藤

遠藤 摩利江●『劇場版 Free!-the Final Stroke-』後編を見てきました。というか、6回ほど見て、スペシャル舞台挨拶昼夜の中継を聞いて、足かけ9年の作品が一旦の完結を迎えたんだと実感しています。水の中を一緒に泳いでいるような映像美、9年かけて積み上げたキャラクターの感情の機微と成長、そういったものが結実した姿を見られたのはファンとして幸運なことだなぁと、追いかけていてよかったとしみじみ思いました。感謝ばかりです。