無意識につけられる傷はこんなにもある! 柚木麻子氏が、性差による生きづらさを描いた『ついでにジェントルメン』

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/3

ついでにジェントルメン
ついでにジェントルメン』(柚木麻子/文藝春秋)

 作家・柚木麻子氏は2008年に、文藝春秋が発行する月刊娯楽小説誌『オール讀物』の公募新人賞「オール讀物新人賞」を受賞して以来、数々の話題作を発表し、世間から注目され続けている。

 実際の事件をもとに生み出した『BUTTER』(新潮社)や心にビタミンをくれる『ランチのアッコちゃん』(双葉社)など、柚木氏が手掛ける小説の振り幅は大きく、どれもが強烈な読後感を残す。

 その筆力は、新刊『ついでにジェントルメン』(文藝春秋)でも健在だ。本作は、現代社会で男女が感じる不平等さや苦悩をコミカルに綴った短篇集。

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 男性から悪意を向けられないために整形を考える女性や女性専用車両にあえて乗り続ける中年男性など、性差によって何かしらの不満を感じている人たちが続々と登場。彼らの変化や成長に触れると、自分が感じている生きづらさとも向き合いたくなる。

育児に追われる主婦がムーディーな店内にやってきたら…?

 全7つの短篇作はファンタジー要素が盛り込まれていたり、ユーモアが詰め込まれていたりと、どこかクスっとさせられるものばかり。だから、センシティブに思える題材を扱い男女の生きづらさにスポットを当てているのに作品が重くなっていない。

 中でも、特に心に残ったのが、「エルゴと不倫鮨」。妻子持ちの東條は、ある日、かねてから狙っていた部下の女性をムーディーなイタリアン創作鮨店に誘うことに成功。まるで、大人の秘密基地のような空間に彼女もうっとり。目論んでいた通り、いいムードになりそうな気配だった。

 だが、大きな乳児をエルゴ紐で胸元にくくりつけた女性が突然、来店したことで店内の雰囲気は一変。

 ようやく卒乳ができたと話す、その母親は1年9ヶ月ぶりにナマモノやアルコールを口にできることを楽しみにしているよう。注文したワインに合う鮨を自ら考え、シェフに握ってほしいと要求した後、自分の現状やワインの知識などを口にし、おいしそうに食事を楽しみ始めた。

 店内にいた客たちは当然、彼女に注目。母親の知識量に惹かれて周囲の女性たちが彼女と交流を図るようになったため、ムーディーな店内は一転して、客同士の垣根がない商店街の鮨屋のようになってしまった。

 その状況を、東條たち男性陣は面白く思えない。たまらず、ある男性が母親に「店にふさわしくない」「子連れだからって、何でも我がままが通ると思ったら、大間違い」と告げるのを目にし、東條は共感した。

“正しさを振りかざされるのは、太陽の下だけでたくさんだと思う。自分が稼いだ金でほんのちょっぴり、甘美な楽しみを舐めることの何がいけないのだ。タバコもダメ、ちょっとしたおふざけもダメ、ベビーカーにも気を使え。こういう女が不遜な態度でありとあらゆる場所に現れ、東條たちから居場所をどんどん奪っていくのだ。”(引用/P133)

 だが、一方で女性客は母親の姿を見て、全く別のことを思う。アイロンのかかったシャツを着て若い女と高級な鮨を食べている男たちの背後には、こんな風に育児に追われる女たちがいる…。そう気づいた女性陣は、母親に冷たい言葉を向ける男たちに立ち向かっていく――。

 本作には、こんな風に男女両方の立場から、不満や不自由さ、生きづらさがありありと描かれているからこそ心動かされるのだ。

 生まれ持った性により、社会の中で何とも言えない不自由さを感じてしまう瞬間が、私たちの日常には多々ある。近頃は単純な男女差別だけでなく、男女平等を目標とした取り組みの中で、男であることや女に生まれたことに傷つき、自分の性を悔いることもあるように思う。

 全7話の短篇からは、そんな現代らしい性差による苦しみが透けて見えるから、心がギュっとなる。そして、ここに描かれている社会との歯車が上手く噛み合わない人は、もしかしたら自分自身であるのかもしれないと思え、考えさせられもするのだ。

 分かるし、刺さるから、この不自由さとちゃんと向き合おう。そう思わせてくれる力が、本作にはあるように思う。

 なお、本作には文藝春秋の創始者である菊池寛氏をモチーフにした物語も2編収録。特に、最終話「アパート一階はカフェー」からは、柚木氏が表題名に込めた想いがうかがえもするので、ぜひ読んでみてほしい。

 男女が、より自分らしく生きられ、互いを理解し合うには何が必要なのか。そのヒントが、ここには綴られている。

文=古川諭香