不思議なお菓子でお悩み解決!? あやかしが営む“妖“菓子店をめぐる、ほっこり連作短編集

文芸・カルチャー

公開日:2022/6/2

夕闇通り商店街 コハク妖菓子店
夕闇通り商店街 コハク妖菓子店』(栗栖ひよ子/ポプラ社)

 うまくいかない日常を生き抜くために、私たちには甘いものが必要だ。口の中に放り込むだけで、気分が前向きになる。頑張ろうと思えてくる。甘いものには私たちを勇気づけるような不思議な力が備わっているような気がしてならない。

 もし、本当に不思議な力をもつお菓子があるとしたら…。『夕闇通り商店街 コハク妖菓子店』(栗栖ひよ子/ポプラ社)は、いっぷう変わった商品を販売する「妖菓子店」をめぐる連作短編集。導かれるように「妖菓子店」を訪れた悩める人間たち。そのお菓子を食べたことに始まる日常の変化は、私たちをほっこりした気持ちにさせてくれる。

 舞台となるのは、神社の境内の先にひっそりと佇む「夕闇商店街」。幽世と現世の境目にある、あやかしたちが営むこの商店街は、通常であれば、人間たちは近づくことはできない。だが、幽世と現世の境界があいまいになったときに、心が不安定な人間たちが導かれたように訪れることがある。そんな商店街の果てにあるのが「コハク妖菓子店」だ。サラサラの金髪に、金色の瞳、暗い色の袴。あまりにも美しい顔立ちの店主・孤月が営むこのお店では、世にも奇妙なお菓子ばかりが売られている。この店のお菓子は、どんな効果が出るかわからない。用法・用量を守らないととんでもない事態が起こるかもしれない。だが、この店に迷い込んだ人間たちは、ついつい気になって「妖菓子」を手にすることになる。

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 受験生の彼氏が最近冷たいことに悩んでいる女子高生。自分の容姿が嫌いで、仕事に自信がもてないでいる営業マン。女友達に思うように本音が伝えられない女子大生。吹奏楽部でのソロパートのオーディションでなんとしてでも勝ちたいと思っている女子中学生。子どもができてから夫がそっけなくなってしまったことを悲しむ新米ママ…。

「コハク妖菓子店」を訪れる人間たちの悩みは、共感させられるものばかりだ。そんな彼らは、それぞれの悩みに合った「妖菓子」に惹きつけられていく。1日1粒食べると小さないいことが起こる「よくばりこんぺいとう」。自分の存在がどんどん薄くなっていく「とうめい和三盆」。他人に押し付けたい不幸を押し付けることができる「みがわりキャラメル」。本音が隠せなくなってしまう「かくせない栗最中」。人の心が透けてみえる「たしかめたい林檎飴」…。「コハク妖菓子店」で売られているお菓子は、どれも魅力的。「妖菓子」は、人間たちの日常に思いがけない作用をもたらしていく。

 だが、「妖菓子」自体に、彼らの悩みを解決してくれる力があるわけではない。人間たちは、「妖菓子」を食べたことで巻き起こる不思議な出来事をきっかけとして、自身が見逃していたものに気がついていく。「妖菓子」の力に頼りきり、というわけではないことが私たちに希望を与えてくれるのだ。もしかすると、私たちが抱えている悩みは、ちょっとしたすれ違いが原因で起きているだけなのかもしれない。もっと自分の気持ちに素直になれれば、解決できることなのかもしれない。「妖菓子」をきっかけに、自分や周りの本当の思いに気づき、悩みを乗り越えていく彼らの姿を見ていると、何だか背中を押されたような気分になる。「自分の悩みももしかしたら少しのきっかけで解決できるのかも」。そう自然と思わされた。

 悩みをどう解決していいかわからない時、心がモヤモヤして仕方がない時、あなたもこの本を手にとってはいかがだろうか。「コハク妖菓子店」を訪れれば、悩みを解決するきっかけが掴めるかもしれない。読み終えた時、孤月の思いや人間たちの思いに心が満たされ、勇気づけられるに違いない。甘いものを食べたあとのような温かな読後感を、ぜひともあなたにも味わってみてほしい。

文=アサトーミナミ