21世紀音楽の挑戦/ みの『戦いの音楽史』
公開日:2022/6/15
20世紀のポップス史は、音響の記録・再生・複製の技術発展とも密接な関係をもっています。レコードやテープといった音響媒体(メディア)と再生技術の発明によって、音楽はより強い拡散性をもつようになりました。
1980年代初めにはCD(コンパクトディスク)が市場へ導入され、音楽産業はアナログからデジタルへと移行します。そして21世紀に入り、パソコン、インターネットの環境が広く普及し、音楽業界の産業構造が大きく変化し始めることになります。
連載の最終回は、21世紀の音楽産業の変化について触れたいと思います。その前にまず、音楽媒体の歴史を振り返っておきましょう。
磁気媒体が、音楽と人を一気に近づけた
音楽は、演奏者、楽器、会場、聴衆によって変化するものです。同じ演奏者でも、まったく同じ演奏を再び行うことはできません。19世紀以前は、人々は一度演奏された音楽を、二度と聴くことはできなかったのです。
1887年、エミール・ベルリナーによって円盤式蓄音機「グラモフォン」と円盤式レコードが発明されました。実際に演奏会に足を運ばなくても音楽を聴くことができる。なにより、二度と聴けなかったはずの演奏が再び聴ける、画期的な“事件”でした。
レコードは、音の空気振動を波形に変換し、その波形を盤面へ刻むこと(音溝)で録音します。量産性に優れたレコードの商業利用が本格化すると、20世紀初めにはレコード会社も急成長を遂げていきました。
1925年頃にはマイクロフォンが普及して、電気録音が可能になります。それまではラッパ型の集音器を使って振動を伝達し、レコードの原盤に波形を刻み込む録音方式でしたが、マイクロフォンによる録音でノイズが軽減され、歌声や楽器演奏の細かいニュアンスを伝えることができるようになります。
「クルーナー」というヴォーカル・スタイルが登場するのもこの頃です。それまでの歌手たちは、しっかりと声が通るようなストレートな歌い方が主流でしたが、マイクロフォンが普及するとその特性を生かして、やわらかい声やささやくような歌い方をする歌手が現れたのです。
1898年には、ヴォルデマール・ポールセンが磁気録音機「テレグラフォン」を発明します。音の空気振動を磁気で記録する、テープレコーダーの原型です。磁気録音機の研究は各国で進められ、第二次世界大戦後のアメリカで大きな技術向上を経て商品化へ漕ぎつきます。
テープによって音楽制作の現場では、録音した音楽の編集作業が可能になりました。1960年代前半のカセットテープの登場によって、一般の人が気軽に、レコードやラジオから流れる音楽を録音・再生・複製することができるようになります。
そして1979年、ソニーから携帯用の小型カセットテープ・プレイヤー「ウォークマン」が発売されました。「いつでも、どこでも、誰でも音楽を楽しめる」という、新しいライフスタイルが定着します。
光ディスクの登場
CDは音をデジタル化して記録し、そのデジタル信号を元に再生する音響複製技術です。デジタルの録音方式は1970年にすでに実用化されていましたが、再生方式は1982年にCDとして初めて商品化されます。CDプレイヤーの主な生産国が日本であったこともあり、CDは日本から普及し始めます。
1990年代に入ると、媒体などの実体を伴わないデジタルデータが注目され始めます。人々は、パソコン上でCDからデータを取り出し、MP3に変換して他人と共有するようになります。MP3とは、音楽ファイルや映像ファイルをより簡単に圧縮するために開発された、マルチメディアアプリケーションです。
当時の大学生を中心とする若者たちは、大学のサーバーやインターネットのウェブサイトにMP3ファイルを公開し始めます。誰でも楽曲をダウンロードできますが、どのサイトに行けばお目当ての曲が見つかるかがわかりにくく、環境が整っていないという難点もありました。
1999年、ノースイースタン大学の学生ショーン・ファニングは、この難点に着目しました。ネット上にあるMP3ファイルを組織化して、誰でも簡単に見つけ出せるようにします。それが「ナップスター」です。
著作権無視のファイル共有が横行
ナップスターは、「ピア・トゥ・ピア(Peer to Peer、P2P)」を使ったシステムの走りです。P2Pは、MP3のデータをさらに圧縮することで、ユーザー間のファイル送信を容易にします。ナップスターが画期的だったのは、利用者が特定のサイトやサーバーにアクセスするのではなく、曲をもつ人のパソコンに直接アクセスしてファイルを共有する点です。
P2Pの分散性で、何百万人ものユーザーが一度に大量のファイルへアクセスできるようになりました。ちなみに、2000年9月の1か月間だけで、14億以上の音楽ファイルが共有されています。
リスナーのなかには、音楽を無料で手に入れることを目的にサービスを利用する人もいました。そして、音楽業界にとっては、従来のビジネスモデルの変化を余儀なくされる事件へと発展します。
ナップスターとは詰まるところ、著作権を無視した無法地帯のようなものです。アメリカのメジャー・レコード各社は、リスナーの横行を脅威だと感じ、結束してナップスターの広がりを封じ込めようとします。
1999年末には、全米レコード協会(RIAA)がナップスターを提訴。メタリカをはじめ、アーティスト側もRIAAの動きに賛同するものが現れ、業界全体を巻き込んだ騒動となりました。
一部のユーザーは、レコード会社やアーティストたちの行動に納得していませんでしたが、ナップスターは敗訴し、破産へと追い込まれました。
日本国内でもP2P技術を使ったファイル共有ソフトによる著作権侵害が問題視されています。2001年には「ウィン・エムエックス」、2003年に、「ウィニー」の利用者が逮捕、起訴。2004年にはウィニー開発者、金子勇が著作権法違反の共犯の疑いで逮捕、起訴され、のちに無罪となりましたが大きな話題となりました。
iPodでデータを持ち歩く時代
音楽データの共有は、CDの売上げに大打撃を与えました。2002年には、デジタルコピーを抑止する技術を施した、コピーコントロールCD(CCCD)が採用されるようになります。
しかし、すでにユーザーのあいだでは2001年に登場した携帯型デジタル音楽プレイヤー「iPod」が人気を集めている時代です。音楽データをパソコンに取り込み、iPodで視聴するという方法が一般化していました。また音質も悪く、CCCDは不評を買いあっというまに姿を消してしまいます
2003年にアップルコンピュータ(現アップル)がiTunesミュージックストアを通じて、五つのメジャー・レコード会社と楽曲を販売する契約を締結します。ここで合法的なデジタル音楽市場が一つの成果を見せますが、ネット上での音楽ファイルの共有は衰えることなく続きます。
2005年にはYouTubeがサービスを開始。日本国内でも2006年からニコニコ動画がスタートし、動画系の配信が人気を獲得していきます。こうした動画サービスでは、無許可でのアーティストの楽曲やPVのアップロードが横行します。
動画配信サービスの普及はあまりにも早く、音楽業界も打つ手がない。産業全体がさらなる打撃を受けました。
もはや世界の流れを食い止めることはできないのではないか──。音楽業界は、技術革新を抑圧するのではなく、むしろ技術革新と共存する方向へと大きく舵をとることを決断するのです。
リスナーが自由に価格を決められる実験
インターネット上で音楽をはじめ、映画、アニメなどが共有されたことによって、若年層の消費者は徐々にエンターテインメントのコンテンツにお金をかけるという感覚が薄れ始めます。
そこを逆手に取ったアーティストが、レディオヘッドです。2007年、新しいアルバム『イン・レインボウズ(In Rainbows)』を発表するにあたり、デジタル盤の価格をユーザーが自由に決められる手法を取ります。アーティストによるダウンロード販売の前例がなかったことと、値段が購入者の任意によるということで、大きな注目を浴びます。
当時のネット上では、アルバム発売前のデジタル音源がたびたび違法リークされるという状況まできていました。レディオヘッドには、リークされる前に、デジタル音源を自分たちの手で広めてしまおう、という意図もあったようです。アメリカでは約4割のリスナーが有料、6割が無料でダウンロードし、有料購入者がつけた値段の平均は日本円で1000円程度といった結果になりました。
大きなリスクを背負って行った実験が功を奏し、その後、複数のバンドが同じような販売方法に挑戦しています。
P2Pのファイル共有は、サブスクリプションの音楽配信サービスの発展も促すことになります。インターネットのストリーミング技術を使用した定額制のサービスは、ユーザーと音楽業界の両方の利益を共存させる一つの到達点といえます。スマートフォンやパソコン一つで、古今東西の音楽を楽しめる視聴スタイルが定着したことで、現在はマンガや映画業界でもこのビジネスモデルが採用されています。
YouTubeでもアップロードされた曲の著作権所有者に広告収入が支払われる仕組みが導入されました。
リスナーは無料で音楽を手に入れられ、著作者にもお金が入る──。インターネットが一般化して20年以上がたち、大きな混乱もありましたが、ようやく新しい収益モデルが定着し始めています。
音楽はよりシームレスに
音楽媒体の変遷はまだ過渡期といえます。
国際レコード産業連盟(IFPI)が発表した、2019年の世界の音楽市場売上げレポートを見ると、CDやレコードといったフィジカル、ダウンロード、サブスクリプションの売上げでは、サブスクリプションの割合が大きく占めていることがわかります。
ただし、日本だけを見てみると、サブスクリプションやストリーミングの普及はまだフィジカルには及びません。また、レコードの売上げが過去5年間で上昇傾向を見せているなど、フィジカルへの関心がまったく無くなっているとはいえない状況です。
とはいえ、音楽の聴き方は21世紀に入って非常に大きな変化が生じているといえます。
ダウンロードやサブスクリプションといった音楽の鑑賞の方法は、曲単位で音楽を聴く習慣を促しています。ビートルズが1960年代に『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』で提示して以降、アーティストはアルバムで作家性を表現することが重視されてきましたが、約50年ぶりにシングルを主体に作品を発表する動きも活発化しています。
一方で、出だしを聴いてつまらないと飛ばされてしまうサブスクリプションならではの傾向から、曲のイントロはどんどんと短く作られる傾向が顕著です。シャッフルで聴くことも当たり前になりましたが、アルバムの曲順はその後の余韻も含めてアーティストが練りに練って考えた構成です。こうした曲順を無視した聴き方への問題提起もあります。
世界中の音楽にタイムラグ無しでアクセスできるようになり、ある意味、音楽の流行が均質化されているという指摘もできます。全世界的なポップミュージックの潮流が起きているということです。
一方で、過去の日本の音楽も海外で“発掘”され始めています。山下達郎や竹内まりやをはじめとするシティポップも、海外では限られた人だけがアクセスできる音楽でしたが、YouTubeで注目されたことで、ヴェイパーウェイヴ、フューチャーファンクといった音楽ジャンルの成立に一定の影響を及ぼしました。
20世紀からの流れも含めて広くとらえると、いろんな要素がぐるぐると回っているようにも見えます。一つだけ、未来の音楽業界を予想するとしたら、世界との距離がますます近くなるなかで、日本の音楽が世界のポップスのメインストリームに絡む時代がまもなくやってくるといえるのではないでしょうか。
YouTubeなどで日本のアーティストのMVを見てみると、海外のファンからのコメントが増えていることに気づきます。海外で人気を集めるアーティストも増え、日本的な特徴をもった音楽も抵抗なく受け入れられ、リアルタイムで消費される時代になりつつあります。
今後、この動きはより加速すると私は考えています。