黒木渚さんが選んだ1冊は?「この読みづらさは彼の生きづらさ。“少し誇張された私”を主人公に感じた」
公開日:2022/6/12
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、黒木渚さん。
(取材・文=河村道子 写真=干川 修)
中・高時代は厳格な全寮制の学校で図書館の蔵書とひたすら向き合い、大学ではポスト・モダン文学を専攻。自身の音楽家としてのルーツは“音楽ではなく文学”という黒木さんにいたっても、近所の犬を殺した犯人を15歳の少年が探しゆく一冊は、「はじめ、読みづらかった」という。
「最初の数ページで、主人公は偏りのあるタイプの子だな、とわかったのですが、いったんその情報から離れて読むと感情移入がしづらくて。そこで気付いたのは、今、私が感じていることは、そのまま彼の生きづらさなんじゃないか、ということでした。普通の人たちの言葉の裏にある気持ちが読めないという彼の感覚を追体験できることが、この本の面白さのひとつだと思いました」
「私も世の中と折り合いのつかないところがあるので、“少し誇張された私”みたいな感じもした」と黒木さんが言う、人とうまく付き合えない少年は、得意な物理や数学、類まれな記憶力で事件の核心に迫る。
「彼が尖った才能を持っていることが救いで。才能は適切な場所に行かないと評価されない。でも彼はその場所に行けそうな気がする。偏りを才能へと変換してもらえる場所に」
小説作品6冊目にして、初めて描いた音楽×青春小説の主人公、片思いの相手に接近するために軽音楽部へ入った高校2年生のシッポも、そんな場所を模索していく。
「自分にとって音楽は当たり前すぎて、それを書くということを思いつかなかったんです。でも私自身が自分の人生の軸足を音楽に置いたときの感覚は鮮烈な記憶。青春時代が遠くなっていく今、それを書いておくべきだと思いました」
人物の濃さも黒木さんならでは。物語の中の人々はきっと誰もが抱えるあの頃の禁忌に爪を立てていく。
「どう説明しても皆が気付かない巧妙な悪意を持つ人物をシッポと対峙させました。“私にしかわからない嫌な女”みたいな子を。その子のこういうとこが嫌なんだよねって、あの頃の自分の味方になってあげたい、という気持ちも少しありました」
そんな怒りや悔しさは、自分が自分でいられる場所に行くための何かを生んでくれることもある、と物語は告げていく。黒木さんが生み出す音楽の源泉にも触れていくように。
「この小説を好きだという人は多分、私みたいに、ぐちゃぐちゃな人生を送っていると思うんです。“予測できるものは愛せませんよね”って、きっとわかり合えると思います」
ヘアメイク:竹下あゆみ スタイリスト:岡本純子(Afelia)
『予測不能の1秒先も濁流みたいに愛してる』
黒木 渚 講談社 2145円(税込) 6月15日発売 ●高校2年の「シッポ」は中学時代からの片思いの相手に接近するため、軽音楽部に入るが――。「この小説を書くことで、音楽と文学が自分のなかでもっと密接に繋がった。シッポの作詞した曲が10周年記念アルバムのリード曲となり、そしてシッポの成長した先の直線上に私がいます」(黒木さん)