「伝える相手」がいるから醸された、しなやかな包容力――東山奈央『あの日のことば / Growing』インタビュー(前編)
公開日:2022/6/10
2017年2月1日に1stシングル「True Destiny / Chain the world」で歌手デビューした声優・東山奈央が、歌手活動5周年イヤーを迎えている。その5周年を記念するプロジェクトの第3弾としてリリースされるのが、TVアニメ『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』第3期オープニングテーマ、『勇者、辞めます』エンディングテーマを含むダブルタイアップにして6枚目のシングル、『あの日のことば / Growing』(6月8日発売)だ。しなやかな包容力を感じさせる“あの日のことば”、自身を重ね合わせたという“ Growing”に加え、全編英語詞に挑戦したインパクト十分の“de messiah”など4曲の新曲が、仕様違いのシングルで堪能できる。いずれも、これまで多くの驚きを聴き手に与えてきた東山奈央の音楽活動の真髄が詰まった力作である。この『あの日のことば / Growing』リリースを機に、ロング・インタビューを実施。前後編でお届けしたい。前編では、表題曲に込めた想いを中心に語ってもらった。
皆さんがわたしの歌から「希望」や「元気」をもらえると言ってくださったことが、今のわたしの軸になっている
――半年ぶりのリリースとなる今回のダブルタイアップ・シングルには、新曲が4曲収録されていますが、全体を通してどのような手応えを感じていますか。
東山:とてもいい作品になったと思います。もちろん皆さんに受け取っていただくまではわからないところもありますけど、きっと素晴らしいものになっているんじゃないかなって。すごくいい出会いをいただいたシングルです。今までの曲も大好きなものばかりですけど、さらにその大好きを更新できるような楽曲に出会えたと思います。歌手活動5周年の記念シングルでもあり、今までの声優・歌手の東山奈央として、何ができるのかを模索し続けてきた月日の中で、現時点でたどり着いた自分の歌手像を、はっきり楽曲の中に落とし込めた気がします。
歌手デビューしたばかりの頃は「わたしにできることってなんだろう?」から始まって、スタッフさんからいただいた課題に対していろいろチャレンジさせていただいてましたが、その中で皆さんがわたしの歌から「希望」や「元気」をもらえると言ってくださったことが、今のわたしの軸になっていて。そういうメッセージ性が強いダブルタイアップ・シングルになっているし、今までの集大成的な楽曲にもなっていると思います。実はシングルの制作自体は1年くらい前にスタートしているんですが、それだけ構想を練って温めてきたシングルなので、とても充実している手応えがありますし、歌手活動5周年の一大企画として準備をしてきたシングルということで、気合いも入っています。
――「5周年」もキーワードになってくる制作だったんですね。スタートした時点では、どんなシングルにしたいと思っていたんですか。
東山:いつもそうなんですけど、なかなか完成形が見えている状態で走り出すことが少なくて。結果完成したときに「なんかすごいものができた」っていう、不思議な感覚があるんです。今回のシングルもそうで、1曲1曲がすごく豪華なんです。“あの日のことば”では作詞を藤原さくらさん、作編曲をSoulifeさんという、素晴らしい方々に書き下ろしていただいて。“Growing”の瀬名航さんは、アニメ主題歌への楽曲提供が今回初めてになるそうですが、『勇者、辞めます』に加えてわたし自身のことについてもいろいろ調べてくださって、両方に対してメッセージが重なるエモーショナルな歌詞を書いてくださいました。“de messiah”は凛として時雨のTKさんとGigaさんのコラボ、“夜光”もジミーサムPさんという、各分野で大活躍されている実力派の皆さまが力を貸してくださいました。
それと、今回のシングルは出来上がってみると「ファンタジー染め」の1枚になったんですよね。今まではひとつのシングルの中で、アルバムのようにいろんな曲のジャンルを入れていく作り方が好きだったんですが、今回はファンタジーを思わせるような要素がそれぞれの楽曲に散りばめられていて、そんなファンタジー世界の濃淡を1曲ずつで表現しているなと感じるんです。そういうのってちょっと大人っぽい取り組みだと思っていて。こういったことも今回のシングルならではだと思います。
――「ファンタジー染め」の1枚を作っていくにあたって、軸にしたのはどういうことなんですか。
東山:実は今回、ダブルタイアップと言いながら、“de messiah”を含めるとトリプルタイアップとも言えるんですよね。難しいのは、作品ありきなので、自分が思うように何かを表現したいというよりは、作品にとって追い風になるような楽曲制作をしたいということで、タイアップさせていただく2作品の共通項が見つけにくい部分もあるのかな、と思ったんです。でもその中で、シングル作品としてどうやってひとつにまとめ上げていこうか、と考えたときに、両作品ともファンタジーものであるというのは共通していましたし、さらに皆さんにとっても「これを聴いたら明日も頑張れそう」みたいな、歌手として見つけたわたしの道を、楽曲に込められたらいいのかなって思いました。
――“あの日のことば”はTVアニメ『本好きの下剋上』の主題歌ですが、一言で言うと包容力がすごい楽曲だな、と感じました。受け止める力が強い楽曲、というか。
東山:包容力は、“あの日のことば”と“Growing”に共通して感じていました。『本好きの下剋上』第3期では、主人公のマインが家族と別れて生きていく選択をするんです。それはすごくつらい選択だけど、自分で決めるんですよね。そんなマインちゃんの気持ちに寄り添ったときに、やっぱり寂しいし苦しいけど、強く生きていきたい気持ちがあるからこそ、希望や明るい未来を感じられる楽曲になっています。わたしも家族が大切で、すごく仲がいいんですが、でもいつかは離れなきゃいけないときがくるって思うと、この歌を練習していても泣けてしょうがなくなっちゃって(笑)。この曲で自分の気持ちを昇華させるために、たぶん「包み込む」方向になったんだと思います。「大丈夫だよ」とか「進んでいこう」って背中が押せるようなイメージで、いろんな思い出があったよねって語りかけていくような歌にしていった結果、包容力が感じられる聞こえ方になったのかなって思います。
――「包容力を出そう!」と意図したわけではないでしょうし、狙って出せるものでもないと思うんです。東山さん自身がもともと持っているもの、気持ちの中で育ててきたものがあったからこそこういう曲になっていると思いますが、東山さん自身の内面の変化とか成長が要因だとすると、どういう背景があるのかな、という点は気になりました。
東山:まずひとつは、わたし自身がすごく愛情を受けて育ったからだと思います。もらった愛を今度は受け渡していく側になりたいと思っているし、それがお世話になった人たちや家族への恩返しだと思っていて。こんなに人に恵まれた人生はなかなか歩めないと思うし、だからすごく感謝しています。このあったかい気持ちを今度はみんなに伝播させていきたいなって思うんです。それと、歌手業に限らず声優業も含めて、エンタメは「心の福祉」なんだと感じる場面が多くて。自分が表現したものを受け取ってくださったみなさんから心のこもったお手紙をいただいたりして、そのときに感じるのが、自分が思っていた以上にみなさんの日常の助けになれていたんだなあ、って。だからこそ、どのお仕事にも熱が入るし、「誰かにとっての生き甲斐になるかもしれない」って思うので、そういう日々の積み重ねが活きているのかもしれないな、と思います。おひとりおひとりのことはわからなくても、伝える相手の存在を感じているから、そうなるのかなって。
みんなを元気づけたいっていつも思っているけど、わたしもこの楽曲に元気づけられてる気がして、より特別感が増しました
――“Growing”は、先ほどの「ファンタジー染め」というテーマがまさにしっくりくる曲であり、ある意味とてもアニソンらしいアニソンになっていますね。
東山:この曲を最初に聴いたときは、明るくてポップな曲だなあって思いました。マーチングしていくような音が入っていて、「元気が出る曲だな」と思ったんですけど、歌詞のメッセージとしては意外と踏み込んだことを言っていて。『勇者、辞めます』のストーリーと絡み合っていく素晴らしい歌詞なんです。わたしも原作を読ませていただきましたが、「これはこのキャラクターのことを言っているんだな」って、ひとつひとつの歌詞からイメージが湧きました。かつては対立していた勇者と魔王だったのですが、そんな勇者が魔王軍に入りたいと言い出して、魔王城を再建していく、という物語なのですが、四天王と呼ばれるキャラクターたちがそれぞれにちょっとウィークポイントがあって――協調性がなかったり、人とコミュニケーションを取るのが苦手だったりするんです。でも勇者のアドバイスによってそれぞれの壁を乗り越えていくんですよね。そのストーリーに歌詞がリンクしていて、素敵だなって思いました。それと、フルコーラスが上がってきたときに、2番の歌詞を読んで「あれ? 瀬名さん、わたしに言ってますか?」と思うような歌詞が出てきて(笑)。初めて見たときに、泣いちゃったんです。
――たとえば、《出来ることが増えるその度に/小さな勇気が》のあたりなんかは、かなり気持ちが入るポイントなのでは、と思いました。《経験はいつか自信になるから》《誰かの思い出に》とかも、印象的な歌詞でした。
東山:そうなんですよね。挙げ始めたらキリがないくらい、わたし自身に直接言われているような歌詞がたくさんありました。みんなを元気づけたいっていつも思っているけど、わたしもこの楽曲に元気づけられてる気がして、より特別感が増しました。2番のサビの《♪振り返る暇も無かった それでもいいと思えた軌跡だ》っていう歌詞が、特にジーンときます。目の前のことに手一杯になり過ぎて、もしかしたらもっと気づけるものもあったかもしれない、もっと誰かに感謝するべきだったかもしれないとか、取りこぼしてきたものはきっとあっただろうなって思うことがあったけど、それでもみんなが笑顔になってくれて、わたしもいろんな経験を積ませていただいて、《振り返る暇も無かった それでもいいと思えた軌跡だ》って思えるので、この1行がすごく好きです。
――言葉の密度が濃いというか、たくさん言葉がある曲だから、ひとつひとつを大事にしながら進めていくレコーディングだったのかな、と想像しました。
東山:ほんとにそうですね。曲の中の物語性を持たせて、「ここはすごく伝えたいところ!」ってメリハリをつけて作詞するのは、実はわたし自身はいつも上手にできなくて――わたしの歌詞って、もう全部クライマックス、全部伝えたい!みたいな歌詞が多いんですね(笑)。わたしの担当してくださっているディレクターさんはそれを今後の課題にしつつも、「だけどそれも東山さんの作詞の味だからいいんじゃない」という風にも言ってくださっていて。お客さんもそういうのを楽しみにしてくださっているので、私はいつもてんこ盛りの歌詞を作っちゃうんですが、それで言うとこの曲もけっこうてんこ盛りだなって(笑)。
――確かに(笑)。
東山:もう、ず~っと「伝えたい!」っていう歌詞になっているので、非常にわたし好みでした(笑)。
――(笑)カップリングのひとつである“夜光”は、「浸透してくる」感じが心地いい楽曲ですね。“月がきれい”のときをちょっと思い出したんですけど、ある意味これは東山さんが得意にしている、強みにしているジャンルでもあるだろうし、経験を深めたからこそ出せるアウトプットなのかな、と思いました。
東山:なるほど。そういえば、夜が似合う感じの曲はわたしの楽曲に多いかもしれないですね。この「夜光」という言葉自体は、夜から朝にかけての空の光のことを言うそうですが、わたしも「夜明け」という言葉を自分が作詞をするときにはよく使っていたりします。そういった意味で、いま気づきましたけど、親和性が高いのかもしれないです。
――「夜明け」を使いたくなるのはなんででしょう。あと、その場合の「夜」って、何を指すんでしょうか。
東山:そこなんです。今回、そこに関してわたしは明確に答えを持っていて、でもディレクターさんと意見が分かれたポイントでもあったんです。逆に、この曲を聴いてどう思いましたか? 浸透していった結果、どういう感覚になりました?
――浸透していった結果、心地がよかったですよね。あったか~い感じになるというか、何かが覚醒する感じではなく、身を委ねたくなるような感覚でした。ちょうどいい温度の中に浮かんでいて気持ちいい、みたいな感覚はあったかな。
東山:なるほど~。これは感想がいろいろ分かれてほしいなあって思っているところなので、今の感想も素敵だなって思いました。わたしはこの曲をいただいたときに「あれ? これはつまりどういうことだ?」って思ったんです(笑)。“あの日のことば”だったら「ありがとう」と「さようなら」というテーマがあると思ったし、“Growing”は「ひとりじゃないよ」「未来に向かって歩んでいこう」とかが感じられるけど、“夜光”は希望の曲なのか、普通に心地よいものなのかが、練習していてわからなくなってしまって。確かに、音楽に身を委ねて歌っていくと心地よい感覚になるんですけど、歌詞をよく見ると、ここで書かれている「夜」って、実はあまりもしかしたらいいものじゃないのかも?とも思ってしまったんです。
――確かに、歌詞を読む感じでそういう印象はありますね。
東山:だけどこの曲の主人公はたぶん夜を嫌っていないし、立ち向かおうとしている気がするなって思いました。《♪ハロー 僕らの世界》も、「ハロー」とは言ってるけど、このハローは「ようこそ」ではなくて「来たな」のハローなのかなって。この人は夜というちょっと大変なものに立ち向かっているけど、その先に朝焼けという希望を見いだしていて、そこにこの人は向かおうとしているんだ、夜を乗り越えようとしていて、それに対して強い眼差しで夜を見つめているんだなって思いました。なので、歌の表現としては、あまりフワフワさせすぎずに、芯があってまっすぐな意志を感じるような歌い方をしたいなって思いました。この主人公はまだ夜明けにはたどり着いていなくて、朝焼けがぼんやり見えてきているその途中に生きている人だから、ちょっと今のわたしたちとも重なるのかなって思います。こういうご時世が長く続いていて、希望はまだ遠くのほうに光っているけどなかなか手が届かない、だけどなんとかみんなで工夫しながら乗り越えていこう、その中に何か今できることを見いだして一生懸命生きていこう、というのが、くしくも重なるなって思います。
――まさに、「夜明け」とか「夜」って、時代的にモチーフになりやすい状況ではあるでしょうね。「これはいつ終わるんだ」という気持ちは、全世界にあるわけだし。
東山:はい。だからこそ、全体的にほのかな希望を感じる歌詞ではあると思うんですね。それは、すごく意識しました。これを聴いて、ジンワリと力が漲ってくる感じにはしたいなあ、と思いました。
後編へ続く(後編は6月17日公開予定です)
取材・文=清水大輔 撮影=GENKI(IIZUMI OFFICE)
スタイリング=下田 翼
ヘアメイク=田中裕子、江口かな子
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