ガンダムのアニメに関わるのはこれが最後。40年向き合った作品に込めたもの――『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』監督・安彦良和インタビュー

アニメ

公開日:2022/6/25

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島
機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島
全国の劇場にて公開中
© 創通・サンライズ

 名作は色褪せない――1980年代に一世を風靡し、いまもなおシリーズ新作が作りつづけられているガンダムシリーズ。その原点ともいうべきTVアニメ『機動戦士ガンダム』の1エピソードが、当時のメインスタッフ・安彦良和の手によって翻案され、劇場版アニメ化された。

 翻案されたエピソードは第15話「ククルス・ドアンの島」。シリーズの前半にオンエアされた1話完結型のエピソードであり、一年戦争を描く『機動戦士ガンダム』のストーリーとは一線を画すような脱走兵と戦災孤児の人間ドラマが、当時から語り草になっていた。この物語を現在のアニメーション技術と、劇場版というスケール感で描いたのが、本作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』となる。

 本作の監督は初代『機動戦士ガンダム』でキャラクターデザイン、アニメーションディレクターを務めていた安彦良和。漫画家として『機動戦士ガンダム THE ORIGIN(以下、THE ORIGIN)』を執筆し、同作アニメ化に際して総監督としてアニメの現場に復帰。アニメ版を6本手がけたクリエイターだ。御年74歳となる安彦氏が、若手のスタッフを起用して、フレッシュなフィルムを作り上げている。安彦自らが「最後のアニメ作品」と言う本作に込めた覚悟とは。いま、名作がひとつの終わりを迎える。

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安彦良和がアニメーターとして描いたガンダムとシャアザク

――今回、安彦さんは監督としてこの作品に臨まれていますが、具体的にスタッフとどんなやり取りをしてフィルムを作られていかれたのでしょうか。

安彦:根元(歳三)さんとシナリオを作ったあと、絵コンテを描きました。今回はイメージボードを描いていないんですよ。舞台となる無人島は、現実にモデルがあるので、つくりごとをはさむ余地があまりない。実際の資料にもとづいて絵をつくりこむしかないので、今回の美術監督の金子(雄司)さんはやりづらかったのではないかと思っています。実際にはこうは見えなかったんじゃないか、ということも、いろいろお話したりしたので。

――場所にモデルがあると「ここにキャラクターがいた」という実在感がわきますよね。

安彦:そうですね。アレグランサ島がとても魅力的な島でしたから、ロケーションを含めて、楽しませてもらった感じですね。

――今回、副監督にイム ガヒさんを起用されています。安彦さんから若手を起用したいとリクエストをされたそうですね。

安彦:そうですね。イムさんが韓国の方だというので、コミュニケーションが上手くできるのかが最初は不安だったんです。でも、読み書きも大丈夫で、全然問題がなく仕事ができました。10年くらいこちらで仕事をしているそうですけど、大したものですよ。言語能力ももちろんそうだけど、一番ありがたかったのは、彼女は撮影出身なんですよね。僕が一番不得手な撮影技術やデジタル技術に長けていた。大変良いサポートをいただけたと思ってますね。

――イムさんは絵コンテ(安彦監督と共同)も担当されています。

安彦:絵コンテも部分的に切ってもらおうと思っていたので、お好きなところをとってもらったら、食事シーンとサザンクロス隊が初登場するシーンを選ばれて。良いところをもっていくなと。

――安彦さんはイムさんの絵コンテパートで作画として参加されていたそうですね。

安彦:イムさんが絵コンテを切った食事シーンのレイアウトを担当しました。狭い室内で、大人数が肩を寄せ合って食事するシーンは描くのが難しいんですよ。画面に室内の空間をどこまで入れるか、判断が難しい。イムさんの絵コンテはバストショットの連続が目立ったので、じゃあ、俺がレイアウトを担当するよ、ということにしたんです。アニメの「THE ORIGIN」のときから、絵コンテ=レイアウトというスタイルでやってきたものですから、そこで自分が参加することでレイアウトを補強した、ということです。

――安彦さんは作画にも参加されていたんですね。安彦さんが原画をもたれたカットはあるんでしょうか?

安彦:エフェクトをいくつか引き受けました。エフェクト作画監督の桝田(浩史)さんが大変な作業を背負いこんでいたので、その作業をお手伝いしました。あと、イムさんから「これをやってください」って言われたカットがあります。気を失ったアムロの回想シーンですね。あの一連のカットは、僕がちょっと追加しちゃった要素があって「じゃあ、ご自分で」と。

――アムロの回想シーンには、ガンダムやシャアザクが登場します。本作のモビルスーツは基本的に3DCGで描かれていますが、この回想シーンでは唯一作画でモビルスーツが描かれているということですね。

安彦:そうですね。あ、いや、田村さんの原画のカットもありますよ。こだわりの。

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

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作画をリスペクトした3DCGによるモビルスーツ戦

――今回のキャラクターデザイン、総作画監督は田村篤さん。彼はアニメ版『THE ORIGIN』でも活躍していたアニメーターです。映画『ククルス・ドアンの島』での、彼のお仕事ぶりはいかがでしたか。

安彦:いや、もう田村さんには本当に感謝してます。細かい経緯は知らないけれど、早い時期から、田村さんが総作画監督をやってくれることが決まって、すごく気が楽になりましたね。これなら「作画は大丈夫だ」と。僕自身がアニメーターだったので、作画の中心人物が決まらないと不安なんですね。田村さんは『THE ORIGIN』のお仕事も見ていたし、それにくわえて『天気の子』のお仕事も見ていたんです。『THE ORIGIN』のころは「新海誠さんのところにお手伝いに行く」と聞いていたんですが、実際に『天気の子』を見たら、お手伝いどころか、作画監督をされていて。上手い人だと思っていたけれど、すごいなと。そんな方がやってくださるんだから、何も言うことはないですよ。

――田村さんとはどんなやり取りがあったのでしょうか。

安彦:あがってきた原画のチェックを僕が田村さんよりも先にやるんです。そこで「自分はこうだ」と思うように修正を入れて、シート(タイムシート/動きのタイミング、撮影、特殊効果指示などをまとめる指示書)の修正をして。あとは、田村さんにお任せする。僕の修正どおりでも良いし、違うと思ったら、変えてもいい。もちろん、大きく食い違うようだったらやりとりがあるんだけど、それはほとんどなかった。とやかく言わず、出来上がったものがすべてだと考えていました。それで良かったと思います。

――今回、ガンダムやザクといったモビルスーツが3DCGで描かれています。

安彦:今回はメカ系を3DCGにしようということは、最初から決まっていたんです。だから、好き嫌いの話ではなくて、こちらとしては3DCGスタッフのお手並み拝見といこう、という感じでした。良い意味で裏切られましたね。

――安彦さんの期待を上回るものがあったということですか。

安彦:3DCGは予想以上に柔軟だったんです。今回は3DCGで動きから起こしてもらっているんですが、3DCG側のスタッフは思っていたよりもずっと手描きをリスペクトしてくれていて、3DCGモデルだけでなく動きも含めて手描きに近づける作業をやってくれたんです。3DCGの制作現場を知らない自分がわかるだろうか、と不安を感じていたんだけど、そこは向こう側から歩み寄ってくれたので、手描きの良さを出せたんじゃないかと思います。やはり、手描きにこそ、日本のアニメの存在価値があると思っていますから。

――安彦さんがアニメーターとしてずっと培ってきた、アニメーションの手描きの良さを3DCGサイドも尊重されていたんですね。今回のガンダムの殺陣(アクション)はどのように考えていましたか。

安彦:たとえが古くて申し訳ないんだけど、任侠映画の高倉健さんや鶴田浩二さんのようなイメージでやってほしいというお話をしましたね。ご覧になっている方にカタルシスを感じてほしいという意味で。今回、ガンダムがなかなか出てこないんです。耐えて耐えて、待って待って、最後にガンダムが姿を現す。それが任侠映画の鶴田浩二さんが出てくる感じのイメージがいいかなと。最後に出てきて、長脇差を抜いて、相手を懲らしめる。「待ってました」となるのが、僕には一番わかりやすかったので。スタッフにどれくらいその意図が伝わったのかはわからないけれど。僕らの世代だとそういう感じになっちゃうんですね。

――本作ではモビルスーツは多面的な一面が描かれています。最初は子どもたちが石を投げる巨大な敵として、アムロやドアンが乗っているときはキャラクター自身の化身として、そしてあるときは殺戮の兵器として。ガンダムやザクの描かれ方の変化がとても印象的です。

安彦:最初は子どもたちが石を投げつけるような存在だけど、最後は子どもたちががんばれ、と応援する存在になる。最後の「応援する展開」というのは、恥ずかしくてやれないくらいの定番な表現なんだけど、子どもたちの心情をどれだけ自然にそこに持っていくことができるかがポイントだと思っていました。そのためにアムロやガンダムに対する心情の変化を描いているんです。

機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島

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アムロが皮膚感覚で感じる戦争のリアル

――ストーリーについても、ぜひ伺いたいと思います。安彦さんは主人公アムロ・レイを40年以上も描き続けてきています。あらためて本作のアムロをどのように描こうとお考えでしたか。

安彦:アムロというのは、最初からヒーローらしからぬところがある主人公なんですよね。ちょっといじけた男の子だったんだけど、どんどん戦いを経験することで最後には歴戦の強者になっていく。そのアムロの初期の姿ですよね。ガンダムに乗り始めて、少し自分が一人前になったんじゃないかと思っていると、島でガンダムを失って等身大以下になっちゃう。子どもたちには馬鹿にされるし、みすぼらしくなる。そこからいかに這い上がるか、というのが今回のドラマですよね。それは20分だと短くて、100分に値する物語になるだろうと。そこから、本作を劇場版サイズにしようという発想につながっているんです。

 ただ、途中からこれ100分で足りるかなとなってね。結局だいぶカットをしました。本当なら、もう2時間超えてもいいと思う。ただ、100分というのは、自分が言い出した尺(映画の長さ)でもあったし、興行的なことを考えてもしかたないなというところがありました。

――等身大以下に落ちたアムロと向かい合って、ラストシーンのアムロにまでカメラを向けていく、ということですね。

安彦:シナリオの段階で、根元(歳三)さんともそこは話し合いましたね。アムロの精神的な復活がどういうプロセスになるかは、けっこう詰めました。子どもたちにこれで認めてもらえるはずだ、これで仲良くなれるはずだと。

――最初は、子どもたちの片隅で食事をしたアムロが、畑仕事をこなし、灯台に灯を点けて見直されるまでになる。

安彦:アムロは最初、子どもたちの敵なんです。「死んじゃえ」とまで言われる。それが最後には、手を振って別れられるようになるには、本当は何日くらい必要なんだろうと。最低でも3日くらいはかかるだろうという話になって。ホワイトベース側が待っていられるのも3日が限度だろうということで、駆け足になってはいますけど、アムロが立ち直りつつ、まわりに認められるまでの段階を、うんと煮詰めて描いているんです。

――アムロが自信を取り戻していくなかで、衝撃だったのはアムロがガンダムで敵兵を殺めるシーンです。とても生々しく描かれていますが、その生々しさにこだわったのはなぜでしょう。

安彦:『機動戦士ガンダム』は、遠い距離でビーム兵器によって相手を殺すことを描いていて、もしかしたらアムロもそれに慣れてしまっているんじゃないか。でも、皮膚感覚で人を殺すことは、また違うものだろうと。付け加えていうと今回、アムロが対峙するのは、核兵器を容赦なく発射しようとするジオンの兵士なんです。アムロは彼を殺さないといけない状況だったから殺してしまう。そのとき、アムロはすごく嫌な顔をするわけですよね。そのために音(効果音)を入れているんです。こういうストレートな表現はどうしても「やりすぎ」という意見が出てしまうんだけど、むしろ怖いのは、皮膚感覚をともなわない大量殺人を習慣的に描いてしまうことだと思う。「ガンダム」では続編も含めて、どうしても、そういう部分が膨張しているかな、という気持ちもあります。

――ガンダムシリーズは、マクロでは戦争を描いていますが、ミクロではパイロットたちの心情を描いています。戦争の中の兵士たち、少年たちの心情に迫っているというわけですね。

安彦:『ガンダム』では「コロニー落とし(宇宙空間で人々が暮らしているスペースコロニーを地球に墜落させる攻撃)」なども描いていますからね。皮膚感覚を伴わない表現が、人を不感症的にしてしまうかもしれない。そういう一面が欠落すると、とても怖いものになってしまいますし、不気味なものになってしまうんですよ。そこは気を付けなくてはいけない部分だと思っています。

――アムロのラストシーンのセリフはとても印象的です。アムロがあのセリフを言えたのは、彼の中にどんな想いがあったからだとお考えですか。

安彦:ひとつは、ドアンのザクが大変消耗していること。もうほとんど戦うことはできない。それでも赤い帽子をかぶった男の子(フリアン)が「もう怖くないね」って言うんです。ドアンのザクも強いし、ガンダムも強い。戦争はもう怖くないと言うんですよね。でも、それをドアンはたしなめる。それがアムロの心を動かしたのではないかと思うんです。同時に、アムロがアレグランサ島に偵察に来たように、残置諜者として怪しまれている以上、ザクがあるかぎり敵がやってくることは避けられない。もうこれ以上守ることはできないのに、子どもたちが安心している姿を見たら、いたたまれないですよね。ドアンの立場を自分に置き換えてみたら、放ってさよならはできない。だから、思い切った決断をするわけです。ここのくだりは、TV版の「ククルス・ドアンの島」で荒木(芳久)さん(初代『機動戦士ガンダム』の各話脚本家)が書いたセリフにあるものなんです。全部それを活かしています。

――TVアニメのころから、最後のアムロの行動はかなりインパクトがあるものでした。それは今回の映画『ククルス・ドアンの島』でも受け継がれていますね。

安彦:ただ、これは万能の答えではないんですよ。あのシーンではそうするしかなかった。彼はそれをやったんだと思うんです。アムロの行動は、答えの出にくい問題なんですよね。力で守るということは、相手を傷つけることにもなるわけで、やがて戦いの連鎖が続く悪循環に陥ってしまう。そのためには力を放棄しないといけない。その結論に自然にたどりつくようなストーリーラインにしないといけないというのはずっと思っていたことです。

――前編で安彦さんは「ククルス・ドアンの島」なら「思い残したことがやれる」とおっしゃっていました。今回映画『ククルス・ドアンの島』を作り終えて、42年以上お付き合いをされた『機動戦士ガンダム』にどんな想いがありますか。

安彦:感謝しかないですね。よくこの素材にめぐりあえたな、と思います。40年以上にわたり、いろいろなことがあったわけだけど、わりと僕はそこから距離を置いていたんです。富野由悠季氏から見たら、ずるいと思われるかもしれないけど、それは意識的にそうさせてもらっていたところもあるわけだし。そうやって付き合ってきた作品をこうやって締めることができるのは、幸せだなと思いますよ。

――メインスタッフがファースト『機動戦士ガンダム』をリメイクする可能性は、今後もうほとんどないかもしれませんね。

安彦:言い方はあれなんだけれども、やらないで欲しいと思いますね。僕自身もリメイクはやらないと思うし、ほかの人にもやってほしくない。なるべくそういうことは言いたくないんだけど、僕も年だし、おそらくアニメを作るのも最後でしょう。思い残すことはもうありませんね。

取材・文=志田英邦

▼プロフィール
安彦良和(やすひこ・よしかず)
1947年12月9日生まれ、北海道出身。弘前大学中退後、虫プロ養成所に入りアニメーターとなる。フリーのアニメーターとして『宇宙戦艦ヤマト』『勇者ライディーン』『無敵超人ザンボット3』に参加。アニメーションディレクターを勤めた『機動戦士ガンダム』が大ヒットを記録した。1990年以降、漫画家として活動。第19回日本漫画家協会賞優秀賞(『ナムジ』)、第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞(『王道の狗』)などを受賞した。2001年より『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を連載。総監督として同作のアニメ化に参加し、約25年ぶりにアニメ制作の現場に返り咲いた。

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