定本 柄谷行人集〈2〉隠喩としての建築
定本 柄谷行人集〈2〉隠喩としての建築 / 感想・レビュー
fseigojp
柄谷理論の基礎論のようです
2014/12/25
山本知慧
雑に要約すると、建築とは、あるひとつの理念的なデザインを実現する行為ではなく、施主やスタッフとの共同作業であり、「生成」する「出来事」である。しかし、プラトンにおける隠喩としての建築は、理念的なものであり、現実的な建築家は軽蔑される。そしてこのようなプラトンの哲学を斥けるためには、単に、世俗的な建築をメタファーにすればよい。こういった態度は、例えば最も理念的だとされる数学でも同様である。ゲーデルの証明は数学を不可能にしたのではない。むしろ、公理から確実に演繹される体系から、数学を解放したのだ。
2012/01/10
KakeruA
サービスデザインを考える上で読了。建築的行為を自然知の形式化としており、建築家自身によって『設計』できるものでなく多中心的な共同体のなかで生成される偶然の出来事と記述している。 サービスデザインとは、この自然知の形式化によって生まれる諸関係から境界の見えない集合を生成していくことかもしれない。ただし、主観的に描かれる現象だけでなく、物自体の経路設計や社会関係の中で生まれる仮象の存在が多中心的な諸関係の集合を生む原因となっているので、共同体の捉え方がより多様になっている。
2013/02/20
hitotoseno
プラトン以来の哲学は建築の意志に基づいていたが、それを批判するにハプラトンの嫌った詩を対置するのでも、ニーチェ的な「生成」を持ち出すのでも不十分である。むしろ形式化を徹底せねばならない。架空の「自然数」を仕立て上げ数学を形式化することによって生まれる宙づり状態、それを内部から批判したゲーデル、かたや外部から批判し「言語ゲーム」論を確立したヴィドゲンシュタイン。形式主義を徹底した先に見出される<他者>。プラトンやヘーゲルの弁証法では見出されない非対称的な<他者>。『探究』の予備段階。
2011/10/16
madofrapunzel
★★★★☆ 難解。序文・後記もしっかり目を通しておくと、柄谷氏自身の悩み・危機の文脈も分かっていいと思います。序文にあるように、本書は例の脱構築(ディコンストラクション)を構築(建築)から考えていくという筋で書かれています。キーワードは”形式主義”。難解でしたが、近年の思想(ドゥルーズ、デリダ)が何故プラトン哲学から始めなければならなかったのかがほんのり掴めた気がします。しかし、難しい…苦笑 本書で触れられている、建築家・磯崎新さんの書をいつか読もうと思いました!
2011/08/13
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