野上弥生子短篇集 (岩波文庫 緑 49-0)
野上弥生子短篇集 (岩波文庫 緑 49-0) / 感想・レビュー
キジネコ
「秀吉と利休」の硬質な文章からは想像できなかった柔らかで美しい文章。7編の短編。肩ひじ張ることなく緩やかに優しく小説をする。描かれた日常、そして死と運命、ともすれば固く昏くなる話題に触れる作家の指先の温度が、通う風の様に心地よい。4篇目「哀しき少年」が胸を叩いた。最大の理解者である父親の死を経験した幼年の寄る辺なさに吾幼年期の思い出が重なります。遠く、近く「死」は常に其処にあった。その喪失が人の日常に、人生に引き起こす変化を紡ぎ出す様に描く作家の温もりは、生きる時代背景を選ばずに読者を魅了する事でしょう。
2021/09/07
冬見
「七夕さま」が大好きで他の作品も読みたいと思い手に取った一冊。全体を通して大満足。◆「死」女友達が集まって自分の知っている死について語る。◆「或る女の話」「女」という人生に翻弄された女性の生涯。女の人生に横たわる閉塞感。重要な選択は何一つ自ら選び取ることができず、虐げられ、当然のように忍従を強いられる日々。◆「茶料理」数十年前に短い間寄宿していた家の姪御との淡い交情。本書収録作のなかで一番好き。一夜が一生になる話をわたしはいっとう愛している。鏡花の「売色鴨南蛮」「女客」を思い出した。
2021/10/15
ねむりん
きっかけは、子供のときに見た昼ドラマ『五度半さん』。一人の女性が、色々な事情で結婚、離婚、再婚を繰り返していく筋書きだった。感情移入しながら見ていたが、最後まで見ることができず残念だった。原作が野上弥生子さんと最近になって分かり、この短編集にたどりついた。『或る女の話』→原作。読むことができよかった。男性に愛される気質を本能的に持っている女性の半生が描かれている。かなり羨ましい。ドラマでは主人公に好意的な視点のみだったように思う。反面原作では、主人公の女性女性したところに、批判的な視点をも当てていた。
2023/07/23
玲
「或る女の話」がお気に入り。「その点で彼女は月であった。何遍欠げたように見えても、暫く立つと再び完全な形と輝きを取戻して、新鮮な、初々しい、処女に返るのであった。」というところで美しすぎて溜息。不思議と、そういうものだと受け入れてしまう魅力を持ってる。それは主人公の素直な性質に拠るものなんだろうなあ。不平に思わない、あまり多く傷ついたりもしない。「茶料理」もよかった。下宿での男女のやりとりは『こころ』を連想させるところもあるけれど、書かない男女の機微に美があって魅力的。
2013/05/13
スローリーダー
浮わついたところが微塵も無い、地に根を張ったような堂々たる筆致に、自然と読み手も心して対峙する。戦前という時代と、女性作家という社会的な立ち位置と自らの人格が、真摯で骨太の文章を紡ぎ出したと想像する。七篇の冒頭の『死』のインパクトでこの作家に嵌まった。『死』から30年を経て発表された『狐』は還暦を迎えた作者の時代観と死生観が仄かに見えてくる。
2021/08/21
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