田園の憂鬱 (岩波文庫 緑 71-1)
田園の憂鬱 (岩波文庫 緑 71-1) / 感想・レビュー
(C17H26O4)
かなり鬱々としているが暗くはならず、むしろ次第に可笑しみを感じてくる。ドラマチックな憂鬱、メルヘンチックな言葉、またいつものことか、という妻の夫への視線がユーモラスだからかも。倦怠感と過剰な自意識によって、日々が神経症的な緻密さで描かれる。視覚的な描写は詩的でとても美しい。彼は廃園に見つけた薔薇(そうび)に楽園を見ていたのだろう。「薔薇ならば花開かん」ゲーテの詩を用いて感嘆し愛でる。だが、妻に摘んできてもらったその薔薇は、むしくいであった。「おお、薔薇、汝病めり! 」彼自身の花が。己を重ねていた薔薇が…。
2021/10/11
内島菫
若い頃は好んで戦前の日本文学年を読んでいたが、もう二十年以上もそこから遠ざかっていたので懐かしい読書体験になった。今は私も多少狡猾になったのか、こんなに素直に文学していると逆に身も蓋もなく感じてしまう。ただし自然描写の部分は興味深く、それは、人工物が自然に蝕まれて荒れ果てた空き地にさえ、本書に書かれている小さな雑草よりも雑多な力強さがなく、そういう自然にしか私自身が取り囲まれていないことを表しているのだろう。作中夫婦のどちらもどこか典型例であり、それが本作に血を通わせている要素でもあるのだが→
2016/12/13
のり
はじめての佐藤春夫作品。まず,情景・自然描写の美しさがすばらしい,と思った。人物については,「彼」を軸にしながら,時折その中に入った視点を交差させている。堀辰雄を想起するような文章の清廉な雰囲気には,春夫も欧州文学の文体を模倣した,とあとがきにあるところから合点する。『方丈記』や『おくのほそ道』のような「庵」という空間が,日常とあの世の中間に位置する〈幽明界〉として機能している点もおもしろい。リアリズムの文章の中で,シュルレアリスティックな場面が交錯し,各断章が”フーガ”のように展開されている点も新鮮だ。
2017/03/23
ハチアカデミー
日本初のメランコリー小説、と言っても良いか。ソローのように、都会の喧噪を離れ、田舎暮らしをする事になった語り手の日常報告。ではあるが、本書の前に、日本をこのように描いた、眺めた作家はいなかった。見方を変えれば田舎がこうも描けるのだ。本書の落とし子として牧野信一がいて、本書の切り開いた荒野の果てに澁澤がいる。作家本人も若書きと言うように方法論が定まらず、うねうねと彷徨するかの様な作品であるが、西洋という眼鏡をもって、日本の田舎をあたかも美のユートピアの様に描ききった点が凄い。後半の怪奇趣味も◎
2013/06/02
東京湾
「おお、薔薇、汝病めり!」都会から逃れ安息を求めた先に移り住んだ小さな村。しかし鋭敏に過ぎる精神は自然の中でやがて幻覚に蝕まれる。佐藤春夫の出世作となった中篇。土と草木の匂い漂う精緻な風景描写と、常にどこかが張り詰めている繊細な心理描写とが、見事に絡み合って描かれている。生来の詩人とは常に事象から言葉を思念を呼び起こし自身の内面と同化させていくものなのだろうか。錯乱の影が始終付きまとう小説だが、不思議と読ませるものがあった。
2020/01/19
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