野火/ハムレット日記 (岩波文庫 緑 123-1)
野火/ハムレット日記 (岩波文庫 緑 123-1) / 感想・レビュー
イプシロン
(『野火』のみ再読)人間とはいかなる存在か? 人間にとって救済はあるのか? という問いに向き合わざるを得ない重厚な文学作品。野火とは人間のことである。人間は神の怒りに焼かれている燃焼物である。しかしその野火から立ち上る煙は神への祈りでもある。田村一等兵のモノローグを追いかけてゆくと、大岡がそう言っているように思えた。人間は他の生物を食すという犠牲の上に自己の存在を成立させている。そしてそのことを自覚しないものは人間であっても獣性に生きている。自覚するものは、犠牲によって成り立つ生への罪悪感をもち、
2022/08/20
イプシロン
本作は戦争文学というより、大岡の人間観と宗教観が濃密に表出した作品と言えよう。なぜかなら、冒頭で田村は頬を打たれるが赦し、人肉を切り取ろうとする場面では、右手(肉体的欲求に従う生きかた)を左手(霊的善性に従う生きかた)が制止するのを描いているし、左右の身体が分裂しているのを感じる場面なども描いているからだ。結局田村は、柩から現れた死んだ自分に出会ったり、花の声を聞いて霊的善性に生きんとして、肉体的欲求にばかり従っている永松を神にかわって罰しようとするのだが、これもまた宗教的禁忌なわけだ。↓
2018/04/15
musis
ぐらぐらするような感覚を持つ。カニバリズムに走らねばならぬほどの切迫した飢えとそれに対する抵抗と疑問。夕日を見る兵士の「燃える、燃える」という言葉が無性に私を惹きつけた。表現力が凄まじく感じる。ハムレット日記も大変面白く読んだ。ホレーシオの視点になるほどと思う。大岡昇平は初めてだったが、他の作品も続けて読みたいと思った。
2014/09/03
ぷるいち
「野火」の視覚的で論理的な激烈さに驚く。この小説は狂気そのものでなく、人間の論理性と手仕事によって編まれた狂気の模型で出来ている。冷静な語り手はその模型について読者にガイダンスする役目を担っている。もちろんこの模型自体が精緻に出来ていて、かつ、手の込みすぎた仕事を見て恐ろしくなるように恐ろしい。それを紹介する冷静過ぎる語りが輪をかける。「ハムレット日記」は「野火」と同じ線の上に乗っていて、その線のずっと先には「赤と黒」もかすかに見える。
2016/04/06
モリータ
映画の前に、ちょっとじっくり読んでみた。冒頭から教会に行ったあと芋畑で二人の兵に会うまでの一人でいる部分は、情景描写(と、情景に対して主人公が感じる違和感)を飛ばしてしまうと読んだことにならないなぁと。あと後半にかけての神の意志うんぬんのくだりは、前半で安田と永松が擬似父子関係を結んだことを念頭におきつつ、メモでも取りながらでないと構造が取れないのでは?(やってないけど)。いずれにしても単に「極限状態に置かれた人間の、自己の尊厳を巡る葛藤」程度の小説ではないですよね。
2015/07/26
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