三十歳 (岩波文庫)
三十歳 (岩波文庫) / 感想・レビュー
lily
詩的で哲学的で意識の流れも汲んでいて、リルケにもプルーストにも似たような、これぞ文学の頂点とでも推したくなるような滅多に出逢えない種類の短編集だった。細くてゆっくりとした倦怠の血の流れをみているようで、その生温さがより生を強くする。詩集も『バッハマン/ツェラン往復書簡 心の時』もトリプルチェック。
2019/07/30
ヨコツ
つい先月三十歳になったからには今読まねばと手に取った一冊。詩人の文章とはかくやあらん。「俺僕私ってばどうしてこう上手く生きられないんだろう」っていう自意識過剰どもの頭の中での繰り言をそのまま文字に起こしたような小説ばかりで、それが面白いのかと訊ねられたらもう即答で「否!それどころかうざキモい」と応じるのだけれど、じゃあなぜそんなに毛嫌いするのかって突っ込んで聞かれたら「同族嫌悪」と答えざるを得ない様な、不本意な共感を生む短編集。面白いか否かでは否、しかし好きか嫌いかと問われたら渋々好きっていう複雑な気持。
2016/03/09
藤月はな(灯れ松明の火)
社会や共同体に帰属するようでいて実はその帰属感は希薄で寂しいという感覚は誰しも持つものだと思う。周囲を俯瞰する三人称から個人の孤独な内面へと視点を移す一人称への変化はさりげなさに気づかないほど。特に「ゴモラへの一歩」での自分を対等な一人の人間としてではなく、根本では男に一生、傅く存在としてしか見ないフランツを振り返るシャルロッテの思想やシャルロッテを情緒不安定気味に束縛しながらも対等な存在として見たいと足掻き、深く、求めるマーラの姿が「女」としては深く、身に響きます。
2016/02/21
zirou1984
沈黙より雄弁な言葉なんてそうそう出逢えるものではない。ツェランとも親交を結んだオーストリア出身の女流詩人は、新緑が陰りと契り、夕暮れの色合いと同化していゆく時期の混乱と動揺を類い稀なる短編として紡ぎ出した。ここにあるのは個人の弱さと歴史の弱さが重なり合う、苦悩を受け止めながらも生きようとする深い深い深碧の緑色。孤独も疎外感に簡単に手放していいものではない、それは感嘆するほどの世界へ私たちを連れていってくれるのだから。いずれの作品からも溢れている、言葉の持つ痛みを抱えたものだから生み出せる鎮痛剤。傑作。
2017/07/21
スミス市松
三十歳に至るまでの一年間の焦燥を描いた表題作は、随所に技巧を凝らしているものの著者の思想と語り手の振る舞いがちぐはぐで幼稚に感じてしまい可笑しかった。それよりは妖異な空間を構築しつつ噛み合わないやり取りによって結末を切り開く「ゴモラへの一歩」が、カウリスマキの映画作品のような雰囲気を終始漂わせていてよかった。その他はコンセプトが明確な「オーストリアの町での子供時代」や、表題作に比べればまだ思想と物語が滑らかに結合されていた「すべて」などが佳品として印象に残っている。この作家は詩の方が気になる。
2021/11/04
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