歌行燈 (岩波文庫)
歌行燈 (岩波文庫) / 感想・レビュー
syaori
時は霜月十日あまり。星の煌めく月の夜。語られるのは、旅の老人2人と彼らに呼ばれた気弱な芸妓、その座敷の下の小路を流す三味線弾きの物語。それぞれの声が、家々の軒の行燈に照らされた夜に響き、気付けば『膝栗毛』の、はぐれた喜多八を恋う弥次郎兵衛になぞらえられる哀切と、若気で才気を誇った因果な出来事、その悔恨と身の上の切なさが凛々と響く謡いに一つになる。後悔も悲しみも苦しみも我が子のために命を賭ける母を謡う舞に収斂し昇華する、作者の凄絶で幻想的な筆を堪能しました。人の悲しさや苦渋から何と美しいものが生れることか。
2020/03/23
零水亭
語呂の心地よい、美しい描写も見どころの一つですね。 第ニ章より旅の二人のオジイサマが夜の桑名の町を人力車で旅館に向かう場面「石高路をがたがたしながら、板塀の小路、土塀の辻、径路[チカミチ]を縫うと見えて、寂しい処幾曲り。やがて二階屋が建続き、町幅が糸のよう、月の廂[ヒサシ]で覆うて、両側の暗い軒に、掛行燈が疎[マバラ]に白く…」「輻[ヤボネ]の下に流るる道は、細き水銀の如く、柱の黒い家の状[サマ]、あたかも獺[カワウソ]が祭礼[マツリ]をして、白張[シラハリ]の地口行燈を掛け連ねた、鉄橋を渡るようである」
2021/04/09
たぬ
☆4 大量の注釈に引きずられて内容が曖昧だったのでざっと本文のみ読み直し。「女3人も囲いやがって許せねえ」が本心よね? んでお三重さんが過去にされていたことはセクハラでもパワハラでもなく拷問ですよ…下手すりゃ命を落としますよ…。使い物にならないなら掃除婦なり洗濯女なり。え、だめ? 能楽や伊勢地方の地理に明るければもっと楽しめたんだろうな。
2021/03/18
SIGERU
芸道物の傑作だ。場処は桑名の町。弥次喜多道中を気取った、旅の老爺二人連れに配するに、飄然とあらわれ、饂飩屋の夫婦に冴えた喉を聴かせる、門附稼業の若い男。謎多き設定は鏡花の十八番だが、彼ら三人は能楽という糸で、深い縁に結ばれていたのだ。いかにも鏡花好みの意匠に加え、男がかつて憤死させた按摩の因縁が絡み、さらに女郎お三重の哀婉な挿話が添えられる。鏡花の世界が一点に凝聚された、間然するところなき名品。凍てつく夜、旅籠の内と外、舞と謡とが互いに呼応するあざやかな結末の場面は、能の檜舞台を思わせて幽玄な残像を遺す。
2022/01/19
みつ
再読、のはずだが記憶は断片的、二十数年前ちくま文庫で14巻の「集成」を購入したものの8巻中途であえなく挫折。本作は、霜月十日あまり(多分新暦)の桑名が舞台。季節的にも今に近く場所もよく知っているところであるが、なかなか入り込めない。完全な口語文にしては特殊な文体で、登場人物の本名が誰であるかも明かされるのはずっと先。断片的に続く会話から人間関係を推測するのも至難で、終わり近くでようやく全体像が明らかに。戯曲になればずっとわかりやすいかもしれぬ。彼の美学には惹かれるものの、作品とは相性が悪いという他はない。
2023/11/20
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