婚姻の話 (岩波文庫)
婚姻の話 (岩波文庫) / 感想・レビュー
しゅん
柳田も折口も、民俗学の古典的著作家の文章は何故か頭に入ってこない。見合いや嫁入りが実際は「作られた伝統」であり、家ではなく若者の共同体が婚姻の管理役を担っていたこと、婿(この本では終始「聟」表記)入りが一般的な時期もあったこと。風習には始まりと終わりがある。社会と個人の間にある「婚姻」については、国家運営の中でより知識を深めねばならない。既存常識の更新の意図と同時に官僚であった柳田の義務感などが記されていることもわかるが、具体例の記載で、一気に置いていかれる感じがする。これはなんだんだろう。
2024/08/02
kenitirokikuti
図書館にて。村上信彦『高群逸枝と柳田国男 婚制の問題を中心に』(大和書房、1977)から、高群が提起した招婿婚論による柳田の「聟入考」(昭和4年)批判という線でこの岩波文庫版を手にした。本巻は柳田全集の文庫落ちで、上野千鶴子の解説つき。今回はこの解説のみ読んだ。高群の婚制については言及がなく、親本の刊行は昭和23年で、新憲法の結婚制度に沿うものと説く。「婚姻には家長の許しが必要≒見合い婚」の否定である。で、恋愛結婚は同族結婚であり、身分違いの結婚は起こらなくなる、という現状。
2021/10/14
てれまこし
柳田は戦前と戦後でほとんど言っていることが変らない。それだけ戦争の反省が足らんからだとか、時代についていけてないという謗りを免れない。だが、逆にいうと転向しなければならんようなことをあまり口にしていない。婚姻の話についてもそうで、「家」制度への批判が高まりに対して、「伝統固守」でもなく「革新」でもない姿勢を貫けたのは、柳田が一貫して、政治的主体性を否定された当事者(特に女性)の自発性を育てる必要を説いていたからである。一部の有識階級が流行の思想にかぶれて改革を断行する危険に警鐘をならしていたからである。
2018/10/11
Happy Like a Honeybee
結婚は男の財産と、女性の美貌の交換である(小倉千加子) 都市にしか遊女存在しなかったのか。 昭和初期生まれの人から聞いた話では、東京でも農村地域に夜這いの風習があったそうです。 女性しかいない農家では男の働き手が必要であり、夜這いは黙認された交流だったと。 見合い婚は歴史ではごく一部の風習であり、近代化へのプロセスに過ぎない訳で。 柳田氏が研究した常民の意味が少しだけ理解できた気がする。
2019/11/14
Ted
'48年発表。×「文は人なり」というが、柳田というのはあまり素直な性格の人間ではないことが分る文章だった。表現が古臭いのは仕方ないにしても、やたら勿体ぶっていて回りくどい割りに大したことは全然書いていない。仮に読みやすく現代語に直しても内容が薄いので殆どタメにも参考にもならない。柳田は初めて読んだが、もう二度と読むことはない。
2017/11/13
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