武蔵野をよむ (岩波新書)
武蔵野をよむ (岩波新書) / 感想・レビュー
翔亀
【シリーズ森3】手持ちの樹木図鑑のクヌギの説明に「関東地方の武蔵野の雑木林に代表されるコナラ・クヌギの落葉広葉樹林」は、「人為的な伐採が繰り返されることにより維持更新」されてきたとある(山渓ハンディ図鑑3)。この武蔵野の落葉広葉樹の美が発見されたのが国木田独歩「武蔵野」(1898)だった。本書は独歩「武蔵野」の精読本だ。■しかし赤坂憲雄が何故、武蔵野なのか。民俗学者としての柳田国男の批判的な読みや東北論を愛読してきた私にとって大いなる疑問だった。柳田国男と国木田独歩(と田山花袋)は、「武蔵野」執筆時に↓
2020/12/29
かふ
武蔵野の雑木林は原生林ではなく人が伐採した後に椎やクヌギの落葉樹を薪として活用するために出来た人工林だった。里山の一部に組み込まれた人工林というわけだ。独歩が二葉亭四迷翻訳ツルゲーネフ『あいびき』の白樺の森の情景に感銘を受けてその武蔵野の雑木林に模したもの(ツルゲーネフというより二葉亭四迷の言文一致のスタイルの翻訳に)だ。そして『武蔵野』でも元の告白文である「欺かざる記」から伐採している箇所があるのだが、それが「若き恋の夢」を語り合った信子との逢瀬である。つまり裏ビデオならぬ裏文学(内面)の存在。
2019/02/17
そうたそ
★★☆☆☆ 「武蔵野」が好きだからという軽い気持ちで手に取ったら、なかなかな難易さにほぼ挫折に近い読書となった。講義を受けるような形でじっくり聴ければきっと面白いんだろうなあと思いつつ。
2020/01/04
フム
地域の生涯学習課が企画した赤坂憲雄氏の講演会「東北学から武蔵野学へ」があることをSNSで知り、参加の前に読んだ。独歩の『武蔵野』の舞台が渋谷辺りだったとは、まず驚いた。ゼミの学生と「なめ回すように」精読したことからの発見がある。山形で東北学を立ちあげた赤坂氏は震災直前に生まれ育った武蔵野に帰って来た。福島県立博物館長でもある著者は「震災でむき出しになったもの」があるという。新しい環境の中で自然に文学へ回帰し文学の力を信じたいと。これから武蔵野を舞台に見えてくるものは何なのか、武蔵野学のこれからに注目したい
2018/11/09
iwasabi47
独歩『武蔵野』とその元になった日記『欺かざるの記』を地学地理民俗学で補いながら精読する。明治30年辺りに独歩が武蔵野の東端だった渋谷は郊外・里山。北海道の原生林と武蔵野の落葉樹。歌枕と名所と二葉亭『あいびき』の変形と影響。恋愛と内面。やはり出てくる柳田國男と田山花袋のコンビ。ここ10年ほど自分が辿ってきた読書テーマに繋がっていて興味深かった。柄谷『日本近代文学の起源』の系譜にも繋がるが精緻で広範。新書でこれは素晴らしいと思う。
2018/10/31
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