大正幻影 (岩波現代文庫 文芸 133)
大正幻影 (岩波現代文庫 文芸 133) / 感想・レビュー
ハチアカデミー
隅田川を中心とする大正文学史だが、歴史的・網羅的に作家作品を取り上げるのではなく、類似点をあげながら時代の雰囲気を醸し出す。下町から流れる水が海を越え、上海・台湾までたどり着く視点が◎ 主に荷風、谷崎、芥川、佐藤春夫が取り上げられるが、特に春夫論として充実している。ミニチュアールな物を偏愛し作品に散りばめているという指摘なんてもはやマニエリスムじゃないか! 政治的な感性無しに南方へ行ったという指摘は留保するが、春夫の独自性を捉えている。それにしても、さんざ言及される『女誡扇綺譚』が読みたいぞ。
2014/01/23
子音はC 母音はA
谷崎、永井、芥川、そして佐藤春夫。耽美派として評されてる作家達を対象にし彼らの幻影の源である隅田川流域の作品群を中心に論を展開していく。希代の文学論。殊に佐藤春夫に対する論の展開が独自性に満ちていて尚且つ鮮やかに映る。今後、隅田川の遊歩が一層愉しくなる一冊。
2015/08/23
きつね
谷崎、佐藤春夫、芥川、荷風、大正期に都市や路地裏を舞台に西洋のレンズを通した幻影を見出した作家たちをめぐる一冊。かなり読みやすい。「幻想」文学論というと文体まで朦朧と飛躍だらけに書く人もあるしそれはそれでよいものだが、平明な言葉で幻想を伝えることはより高度な行為であるように思われる。ややあらすじめいた記述が多く、内容にも重複が散見されるが、大正デモクラシーや白樺派というポジに対する想像力のネガを覗き見たい向きにうってつけの暗室が「紙上の建築」としてテクストから立ち現れるまで、巻を措くあたわず。
2012/11/19
わんにゃん
「彼らは「恍惚」や「夢見心地」の状態を愛したが、その背後には確固たる現実が存在することは十分に意識していた。だから彼らには泉鏡花のような徹底した幻想小説、伝奇小説は書けなかった。明治の幻想作家の周辺にあった江戸文化の退廃や伝奇的闇はすでに大正期の作家にはなかった。彼らはモダニズムの合理主義を知っていたし文明開化がもたらした機能主義の便利さも享受していた。彼らの「不思議」や「恍惚」は勢い人工的、意識的な醒めた様相を帯びざるを得なかった。」
2021/07/01
いのふみ
現実でも幻想でもない、中間にあるあいまいな領域、そして明治と昭和のはざまという仮構が絶妙。
2022/04/21
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