定義集
定義集 / 感想・レビュー
寛生
言葉にー丁寧に、忠実に、誠実にー自らの魂をもって向き合い、自らの魂に言葉を刻んできたか、大江自身の生きてきた軌跡が現れている。ゆっくりと、うそをつかず、しかも情熱をもって、言葉と向き合ってきたのが伝わってくる。ただならぬ〈祈り〉ともいえる大江の「書く」という習慣がここに現れている。晩年の大江の言葉が凝縮されている。
2013/09/17
しょうじ@創作「熾火」執筆中。
2006年4月から2012年3月にかけて朝日新聞文化面に月1回で連載されたものに加筆。やはり難しかった。様々な引用と執拗に響き合う大江の言葉。例えば、『沖縄ノート』の記述を巡る裁判。例えば、福島の原発事故。風化に抗して忘れないでいるということが、一つの方法になっていると思う。『新しい文学のために』に引用されたミラン・クンデラの、「人間の権力に対する闘いは、忘却に対する記憶の闘いだ」(確かこんな感じ)を思い起こさせる。
2016/02/15
味読太郎
ラジオ版学問のすゝめPodcastで、大江健三郎さんがゲストの回を聴き2006年から2012年まで大江さんが連載したエッセイをまとめたこの「定義集」を買いました。ラジオでの大江さんの話・声、そして本書を読んで、臆病なほど敏感に、なんて言葉に対して真剣な人なんだと思います。読んだ本のフレーズや、言葉をメモや本に書きつけるということを習慣とし、70年もその習慣を続けている大江さんの敬愛する作家の言葉や学者の言葉などを引用しながら、自前の定義を述べている。本書より、「学びほぐす」「unlearn」などの言葉は
2014/08/31
壱萬参仟縁
A.センの潜在能力、福祉を大江氏は、資質が伸びる自由があれば生活の良さが達成できると解釈した(15ページ)。評者も支持したい。外山滋比古氏の場合もそうだが、作家のリズム感のある文章は小気味良く模範にしたい。「人には何冊の本が必要か」(132ページ~)。『トルストイ日記抄』。確か、「人にはどれだけの土地が必要か」という問いが原点にあったと想起した。それはさらに、鈴木孝夫先生の「人にはどれだけの物が必要か」へと展開していった。素晴らしいこの「人にはどれだけの○○が必要か」という問い。全て文明への懐疑が下地か。
2013/01/26
梟をめぐる読書
3・11後の情況にも触れられた大江氏の入魂の時事評論の感想として尋常ではないのだが、表紙の氏を描いたイラストが熱々おでんを頬に押し当てられているように見えて仕方なく、「人には何冊の本が必要か」「新しく小説を書き始める人のために」などまさにダイレクトに響く見出しが踊っているのだが、やはり表紙のイラストがダイレクトに熱々おでんを押し当てられているように見えて仕方なく、人の世の生きづらさと不条理を思った。
2012/12/27
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