先祖の話 (角川ソフィア文庫)
先祖の話 (角川ソフィア文庫) / 感想・レビュー
クラムボン
昭和20年戦時下真っ只中に書かれた。この時点で柳田国男は世の中に大変革が起こることを強く意識していたようだ。だからこそ「先祖」について「今」書くのだと言う。《日本の公人は、民族の長い慣習を無視して、独断で未来に対処してきた。その為、たちまちに過去の忘却が始まり、以前を知る途が絶えてゆく。》そう!明治維新という先例があったのだ。書いた時点から既に80年弱経つ。当時とは家族の在り方は全く様変わりしてしまった。その時点から更に過去を辿っているので、実感は持ち辛い。時代の壁を強く強く感じてしまう。
2022/03/24
ゆきこ
日本人にとって「先祖」とは何なのか、古来からの日本人の死後の観念、祖霊に対する信仰の変遷などを、日本各地の民俗事例から考察していく一冊。本文の内容も大変おもしろいですが、特に印象的なのは巻頭の「自序」。この本は太平洋戦争終結間際から執筆され、終戦の翌年に刊行されたもので、柳田先生はこの「自序」において、日本がかつてない危機に瀕している中、今後日本人が「日本」を未来につないでいくためにどうすべきかを語っておられます。民俗学という学問の意義を改めて重く受け止め、そして先人の研究成果に感謝せずにはいられません。
2020/11/30
アルピニア
日本の伝統的な「死後の世界や祖先に対する考え方と祀り方」は、近代以降仏教や神道その他の要因と折り合いをつけながら変化してきた。その変化の道程について曖昧なことも含め、多くの例を引いて述べている。日本的な考え方として、死後も霊は遠くへはいかない。死後の世界とこの世とは行き来が困難ではない。などが挙げられており、郷里の古い風習などを考えるととても腑に落ちた。柳田氏は50年前に他界されたが、この本を読むことで氏の民俗学に込めた信念に触れることができ、書物のありがたさを痛感した。何度も読んで理解を深めたい。
2016/07/21
かふ
太平洋戦争末期、日本の敗戦が濃厚な時に日本の行く先を案じて書いた随筆。柳田国男が危惧するように、日本の民族的な風習はアメリカの民主主義に消し飛ばされたわけだが、柳田のようにならなかったのは孤児の問題があったのだと思う。親を無くした孤児にいくら先祖の話をしたところで馬の耳に念仏だろうし、自分の出自がどこの馬の骨かもわからない。そうした時にすがれるものは、せいぜい悪友ぐらいなもので、それ以外は金の力とか、アメリカの教育した民主主義ぐらいだった。
2022/03/20
マリリン
昭和20年の作品だが、書かれている内容は、幼い頃の記憶にあるものや10年位前東北地方で見た光景もあり、当時は何気なく見ていた事に深い意味がある事を知った。家督という言葉は好ましく思わなかったが、先祖供養をする事と共に、何故そのような制度が存在したのか納得できる部分もあった。今では行われる事がないであろう当時の行事の中には、今だからこそ必要ではないかと思うものもあるような気がする。
2018/01/30
感想・レビューをもっと見る