好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス)
好き好き大好き超愛してる。 (講談社ノベルス) / 感想・レビュー
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
【図書館本】生きるということ。死の際にいる愛する人を確かに悼み悲しみながら、それでもどこまでも現実的に生きるということ。でも悲しみは確かにそこにあって、確かに愛していたということ。でも愛というその時の感情の強さは確実に時とともに流れてしまうということ。 舞城さん2冊目。「煙と〜」と違って訳わかんない感じが増している感じだけど、相変わらず唯一無二の世界観。「愛とは祈りだ。祈りとは、ただ、何かを求めていると、それをくれるわけではない誰かに、あるいは誰でもないものに、訴えかける行為なのだ」 次は淵の王かな♡
2018/09/02
チアモン
ちょっとクセが強く最初は読みにくいなぁと思っていたけれど、読み進んでいくうちに、奥が深く本当に彼女のことが大好きなんだと、舞城ワールドにはまってしまった。
2018/09/20
さっとる◎
純度が高い。愛の、祈りの。そしてまっすぐだ。過去に起こって、すでに終わってしまったもうどうにもならないこと。もうどうにもならないことへの思いを、祈りを、言葉にしてそれが物語という形をとる。大事な人が隣にいること、愛した思いは確かなのにその人がもうこの世にはいないこと、それでも自分はここにいて生きているということ、それが恋愛なのか?という疑問なんて入り込む余地のない、「好き好き大好き超愛してる」が直球で溢れて、物語という祈りに。この本大好きだ。人を愛するのは愛し過ぎるほど間違っているほどで、ちょうどなんだ。
2016/05/19
sweetsnow
『ドリルホール・イン・マイ・ブレイン』雑考。かの荘子は「胡蝶の夢」のなかで、夢の蝶と現実の荘周との同一性を説いた。現象的には明瞭な区分のつく別個の<物>であるが、観念的あるいは形而の上では<自>であることに変わりはない、と。それはつまり、ここで現される「僕」と「俺」とが相違として存在することも、共有として存在することも、矛盾せずに成り立つということだ。自己という認識の絶対性のもとに、世界は人の数だけ生まれ、そこでは万物は常に等価なのである。故に、世界を壊すには、ただ自己を壊せばよい。だからこそ、刺すんだ。
2010/09/29
たぬ
☆4 舞城王太郎も早10冊目か。相変わらずですね。こんな装丁だし(見えないけど天地と小口が桃色)フォントや体裁にもこだわっているし、パッと読みチャラいんだけど実は深い愛を語っているようで。特にタイトル作の柿緒のパートは主人公が悶々としているさまがリアルだった。併録の「ドリルホール・イン・マイ・ブレイン」はさらに突飛な設定でもう無茶苦茶。でも好き。
2023/02/19
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