波うつ土地,芻狗 (講談社文芸文庫 とA 1)
波うつ土地,芻狗 (講談社文芸文庫 とA 1) / 感想・レビュー
安南
遺跡発掘と宅地醸成が同時に行なわれる新興住宅地。そこに生まれる新種の女達。彼女らがどんなに《言葉》の武器で武装し戦いを挑んでも、健康で鈍感な厚い脂肪に象徴される厚顔無恥な大男には太刀打ちできない。何度斬り込んでも、まるで脂ぎった皮膚に掛る水の如し。虚しく弾かれ傷を負うのはこちら。ブルドーザーで削られ均される波打つ土地でも、大男カツミは《北斎の波》が描くシブキの弧の中に富士のようにそそり立つ。フラジャイルな女達は打ちのめされ、討死していくしかない。
2015/04/15
かふ
富岡多恵子は上野千鶴子との『男流文学論』があった。それは日本の私小説というものが男からの視線であり、女は絶えず物象化としての男尊女卑のシステムの中で書かれていた。解説の加藤典洋は吉行淳之介『夕暮まで』を連想する(パロディ)としていたが大岡昇平の『武蔵野夫人』だろうと思うのだ。谷戸という土地、その中で生息する人と土地と生活の中での物語。富岡多恵子が描く女性は男を性の物象化として扱うのだが、一世代下の組子は、語り手の私になれなく自死してしまう。そこは自殺したアイドル歌手の岡田有希子を連想した。
2023/05/08
ふるい
「波うつ土地」傑作。子供は生まない、できれば自分も生まれないほうがよかった、と考える女性。ステレオタイプな男女観、家族観を抱く"普通"の人々を軽蔑し、挑みかかっても、強固な日常に守られた彼らは揺らがない。けして理解し合えない者同士が日々交わり成り立つ社会の不思議さ(不気味さ)を考えてしまう。
2023/04/15
V.I.N.O
波打つ土地のみ読了。男女の不倫の話から数人の女が入り混じってあーだこーだする。女は逢引の最中男の言動をいちいち緻密に分析して辟易している。女子っていつもこうなんだろうか… そしてこの女、男に対しては冷静でありながら己の恋愛に対してはやたら情熱的。読んでいて鬱陶しい程に。女子っていつもこうなんだろうか…
2015/08/29
yoyogi kazuo
小説の迫力のようなものを感じた。「わたしは洋子の熱心なすすめにもかかわらず、「野菜の会」の会員になるのをことわった。熱心な布教師のアヤコさんや洋子は、自分にも家族にも他人にも人類にも役に立つことをしているから打ちこめるのである。役に立つことをしているという「生き甲斐」も、野菜といっしょに会員に配っているのである。「ただ、たんに生きている」と思うのがいやだからである。わたしは、「ただ、たんに生きている」と思っている。できることなら、もっともっと、「ただ、たんに生きている」状態になりたいと思っている。」
2021/01/22
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