回転どあ・東京と大阪と (講談社文芸文庫 こF 7)
回転どあ・東京と大阪と (講談社文芸文庫 こF 7) / 感想・レビュー
Gotoran
東京下町・向島に生まれ育った著者、気性の激しさ、繊細鋭利な感性、強靭な文体で身辺を語り、日々の発見を精妙に記して、庶民生活を清新に描いた101編の随筆集。東京タワーが出来た頃の昭和の東京の生活風景を窺い知ることができる。令和の現在では、廃れてしまった事も多い。さらに、かつての日本人が、目線、仕草で「言語に依らぬ」高度に洗練されたコミュニケーションが取れていたことも窺い知ることが出来る。実に興味深かった。
2024/02/04
あ げ こ
《しんがりがこちらの心や眼に染み入ってくる力を持っているとき、それは大抵上出来といえる》と言うが、幸田文の随筆こそまさにそれで、読後は常に、からっと清々しい。日々の生活を鮮やかに切り取り、時代の流れ、変化を肯定的に、温かく見守る言葉。しかし当の本人はと言うと、大抵の場合、自らの身はその流れの外に置いてあり、しっかりと引いた線の向こう側で、涼やかに微笑んでいたりする。時折ふとしたたかさを感じるも、それは自らの大切なもの、踏み止まるべき場所を熟知しているが故に持つ一面のようにも思え、むしろ好ましい。
2014/01/26
amanon
「回転どあ」というタイトルが良い。まさに掌編集ともいうべきごく短いエッセイを集めたものだが、小説とはまた違った著者の魅力が味わえる。ごく身近な風景も著者独自の切り口によって、はっと気づかされたり、なるほどと感心させられたり…その類い稀な感受性に感服することしきり。また、この味わいは白洲正子に通じるものがある気がした。それと同時に、半世紀以上も前の東京の姿に何とも言えないノスタルジーを覚える。著者の感受性をもってしても、今の東京の風景を前にして、こんなエッセイを書くのは不可能では?という気にさせられる。
2018/02/26
きりぱい
タイトルから、何やら東京と大阪の比較みたいに勝手に期待していたら、残念ながらはずされて、全体としても冴えた印象が残らなかった。それでも興味深く読めたのは、一泊旅行の道行きで陥りやすい行動や意識をとらえた辺り。開けてしまうと元の小ささに戻らない包みへの嘆きや、一夜空けた朝のとりとめなさなど同じ思いだなあと。あとは、辛辣に言っておいて自分もぎゃふんときている「大げさ」や、苔むすのを避けるために庭に砂を入れた騒動の可笑しい結末の「砂」が面白かった。
2009/08/02
kurumi
ほんの4,50年前の日本が外国のように思えます。良いものを失った気がする。
2013/05/02
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