生家へ (講談社文芸文庫 いN 1)
生家へ (講談社文芸文庫 いN 1) / 感想・レビュー
田氏
結果的には、読み進めるのにかなりの時間を要した。数行読み進めるごとに、穴だらけの生家に、夢とも現ともつかぬ奇景に、あるいは夢とわかっていてなお夢と言い切れぬ追憶に、引きずり込まれるのだ。その先には、ただ幻なだけの幻想でなく、『狂人日記』にも言えることだが、気持ちとか想いとか、蟠りとかと名指されるものが凝っているようだ。凝りは足をとる。動きがとれず、どうしようもなく、ただ立ちどまるしかない。他にできることといえば、耳をすますとか、匂いや温度を感じるとか、それくらいのものである。もとい、それができるのである。
2024/02/02
三柴ゆよし
「生家に戻りたい、生家に戻って、時が流れるままにうすぼんやりとすごしたい、今かかわりあっている日常を、何もかも遠くにほうり投げて、生家へ戻ってしまいたい」。若き屈折の日々とシュールな幻想が交錯する軋んだ世界。悪夢じみたイメージの世界に遊んでいても、色川武大の文章はしっかりと現実に根を下ろしている。浮つくことがない。作り物の感じがしない。文は人なりの箴言を必ずしも信じるわけではないが、彼の文章からは、生に対する達観と、それに相反するナイーブさが透けてみえる。色川武大の文章は怖ろしくて、哀しい。
2010/01/18
showgunn
色川武大のメインテーマを扱った作品でこれが一番内容的にも踏み込んでいる。 表題作よりも処女作の「黒い布」の方が魅力的に感じた。 しかし講談社文芸文庫は高い、古本でも900円したよ。
2016/04/22
けろ
「作品1」「作品5」。難解に感じ、著者の生い立ちを調べてみた。1929年生。父親は40代で退役した海軍大佐。44歳で武大誕生。父(98まで生きる)は仕事をせず家族は東京で軍人恩給で生活。父親との関係がテーマであろう。父も作者も社会に居場所がなく、自分の居場所を作るために生きている。「皆、じっと自分の命を抱き込んで、何のために生きているのかわからないくらい無限に生きちまうんだ」。とにかく後ろ向きである。閉塞感に満ちた中でさらに奥にとどまろうというのが特殊な精神状態である。
2019/06/03
hirayama46
色川武大にとっての生家というのは、他の誰よりも父親と過ごした場所なので、親子関係を中心に過去をあれこれ回想していく私小説。幼少期の思い出に不意に非現実的な幻想が色濃く混じってくるあたりが色川武大らしいところ。ナルコレプシーによって幻覚を見始めたのはそんなに過去の話ではないはずですが、執筆している段階での生活に幻が存在している以上、記憶の遡行にも反映されるのでしょう。他の小説に比べてより自己の内面に深く踏み込んでいるぶん、内省的な重いですが、やはり面白い。妻をめぐる軽妙さとの対照的ですね。
2021/07/22
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