ふたりのイーダ(新装版) (児童文学創作シリーズ)
ふたりのイーダ(新装版) (児童文学創作シリーズ) / 感想・レビュー
あつひめ
もう、何度読んだだろう。自分に…そして子供らに…。毎日を当たり前に迎えられる幸せ。それが当たり前じゃないと突きつけられる。茶色く変色した絵本を今年も開いた。本は色褪せても人が受けた悲しみや傷は薄くはなってもなかったことにはできない。まだまだ苦しんでいる方々がいる…。
2013/08/10
TakaUP48
櫛木理宇「少年籠城」に出てきた3人が幼き日に読んでいた童話。直樹とゆう子の幼い兄弟は、広島の近くにある母の実家に数日預けられる。ゆう子が無人の洋館で、イーダを捜し歩き回る椅子に出会う。椅子が待っている本当の「イーダ」とは誰なのか。椅子と原爆が結びつく物語。小説に引用された言葉は、老人の会話の一節の「命の流れというもんがある~」。が、その前に話した「~両親の遺伝というもんをしょってこの世に出てきた。~人間が生きてきた、気も遠くなるよな時間の重みを、一身に背負うて生まれてきたといえるんじゃ」の言葉が良い!
2023/10/27
みっこ
8月6日を前に。母のお下がり本を子供の頃から読んできて、読書感想文も書いた記憶が。松谷みよ子さんが亡くなられた今年、久しぶりに再読しようと借りてきました。子供の時も衝撃を受けたけど、今読むと更にその重さが伝わってきます。最後、りつ子さんの手紙を読みながら泣いてしまいました。解説は子供向きとは思えない深さ。ただ『二十一世紀の人たちになんらかの形で伝えることが、二十世紀に生まれたわたしたちの責任です。』という言葉はしっかり伝わってきました。今の、そして未来の子供たちに読み継がれていってほしい、珠玉の一冊。
2015/07/26
ポップ
小川洋子さんのラジオ番組で紹介されたのがきっかけ。「イナイ、イナイ、ドコニモ…イナイ…。」花浦の祖父母宅へ預けられた直樹とゆう子。直樹はおとなの話をぬけ出しておほりのそばに立っていた。ふっと気づいたとき、コトリ、コトリ、と通り過ぎる音をきいた。古びた城下町にひっそりとあらわれた洋館。そこは、ゆう子をイーダと呼ぶものが待ち受ける、ふしぎな家だった。おかしなカレンダー。外国の絵本。近所のおねえさんと7本の川へ祈りをこめた、とうろう流し。戦後から20数年後の広島の姿を現代に生きる子どもたちへ伝える児童文学作品。
2019/08/29
たぬ
☆4 書名だけは知っていた本。原爆にまつわる話らしいけどどんな内容なんだろう?→ずっしりきた。特にイーダ≠ゆう子である証拠を見せられた瞬間いすがバラバラになってしまうシーンがひたすらに切なかった。このまま終わっちゃうの?と私も泣きたくなったけど、本当のイーダ=りつ子とわかったときは運命のいたずらに驚嘆したよ。1969年の初版発行から37年後に新装版が出ています。長いこと読み継がれているんだね。
2024/11/16
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