犬と鴉
犬と鴉 / 感想・レビュー
NAO
【戌年に犬の本】先の戦争が引き起こした悲しみを食べ続けていきていたのに、平和になって悲しみが無くなり生きづらくなった人々。そして、彼らが悲しみを求めたがゆえに(?)また起こった戦争。戦争末期、放たれた数多くの犬たちが、人々に襲い掛かる。病気だと診断された語り手の暗く脆い精神世界が描き出した「戦争」の姿なのか、戦時中に彼が見た妄想なのか。なんとも不思議な、妖しく不気味な話だった。他に『血脈』、『聖書の煙草』。
2018/07/06
深夜
面白い。芥川賞受賞会見の気難しそうなイメージが先行していたが、作中にはそこはかとないユーモアがある。比喩表現もどことなくオシャレで繊細だ。ここでない日本で起こる戦争。血脈を断ち切る主人公。定職に就かない30代。いずれにも立ち現れる父の面影。作者の中で、父との関係というのは切っても切れないテーマなのだろう。
2018/01/25
梟をめぐる読書
田中慎弥の決定的な飛躍は、2009年のこの「犬と鴉」によって果たされていたのかもしれない。唯一戦火を免れた図書館が丘の上に聳え、荒地となった街には空中から産み落とされた黒犬たちが徘徊する圧倒的な物語空間。そこであたかも壮大な叙事詩のようにして、ある家族の歴史と葛藤が綴られていく。象徴や寓話としての解釈可能性はもちろん否定しないが、まずはこのびりびりと痺れるような文体と物語の魅力を肌で感じて欲しい。作者個人のオブセッションが普遍へと接続された怪作である。
2012/01/23
ハチアカデミー
A 長い戦後社会の中で、敵も、怒りも、悲しみも失った現代を描く表題作が傑作。戦死した祖父、戦争から帰還し時代遅れで存在価値を失った図書館に籠城する父、そしてただただ家に閉じこもり、思案に暮れる私の親子三代の物語。「戦争」を、海の向こうの出来事にするのではなく、また、己が関わることが出来ないものとしてラブホテルに逃避するのでもなく、自分が関わるものとして受け止めることの苦悩が描かれる。父の不在は根源的な価値観、道徳の消失である。それでも生きていかねばならない苦しさが、幻想的なイメージと共に突きつけられる。
2012/04/06
たぬ
☆3.5 田中氏5冊目。薄ら暗い文体はいつも通りだけど、これは着眼点が面白い。「腹を満たしてくれる悲しみ」「戦争に関われる/関われない」など。平和と満腹が幸せっていう定説が通用していないんだ。併録の「血脈」「聖書の煙草」もまずまず。3編とも図書館(または書庫)がキーになっていて、本好きとしてはそれだけでもおいしい。
2019/11/15
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