密やかな結晶 (講談社文庫 お 80-1)
密やかな結晶 (講談社文庫 お 80-1) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
この物語の着想のもとになったのはG・オーウエルの『1984年』と、著者の積年の愛読書『アンネの日記』だろう。物語は終始一貫して暗く、陰鬱なトーンに包まれている。しかも、その暗鬱の度合いは「消滅」の進行と共に益々深まってゆく。また、物語の語り手である主人公「わたし」の書く小説は、最初は独立した物語であったはずのものなのに、最後に物語内現実にシンクロナイズドしていく構成も見事である。それにしても閉塞感に満ち満ちた小説だ。しかも、それが我々の現実世界のまぎれもないメタファーに見えかねないところが一層に怖い。
2013/01/22
酔拳
虚構の中の島での話。島では、次々と、物が消滅していく。消滅したものをもっているものは、「秘密警察」に連行される・・・・「秘密警察」はナチスを連想させる。こんな混沌とした中で、主人公の私は、大切なものを見つめ直していく。最後は、体も消滅してしまうのだけど。「薬指の標本」に似た読後感をもてました。(文庫本の表紙が舞台化の表紙になっていて、おしゃれです。)
2018/11/02
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
少しずつ少しずつ、雪が降りしきる。島は少しずつ、白に染まっていく。おちてくる雪は消えず、空はずっと灰色のまま。青い空をさいごに見たのは何時だったろう。あお、という色さえどこか灰色の記憶。川は一面のバラの花になって、鳥は一斉に飛び立ち、大切なものたちは燃えてしまった。それは確かに大切だったはずなのに、もう思い出せない。「書物を焼く人間は、やがて人間を焼くことになる。」 ああ、あれは雪ではなく、うしなわれたものたちだったのか。吐息とともに、白くなった空気が、わたしだったものが、消える。とうとう雪も、消えた。
2019/10/24
エドワード
ある島での物語。この島では、秘密警察によって、次々と“品物”が消滅する。リボン。鈴。エメラルド。切手。香水。鳥。バラの花。消滅することによって、人々は“品物”がかつて存在していたことを忘却する。ある日、“小説”が消滅させられてしまう。本を燃やす人々。焼け落ちる図書館。痛ましい光景だ。そして人々の左足が、右手が…。ここまで来るとやりきれなさがつのるのだが、喪失と忘却という人間の哀しみを描く作者の心は十分すぎるほど伝わってきて、また一冊忘れられない本になった。
2012/01/13
pino
その島では消滅がやって来ては、物ばかりか人々の記憶まで奪ってゆく。ひとときのざわめきも感傷も事どもと一緒に人々の手で川に流され、空に放たれ、燃やされる。悲しくて残酷な現実なのに小川さんのガラスのような繊細な言葉で綴られると美しいとさえ感じる。影を落とすのは秘密警察の暗躍だ。記憶狩りや隠れ家の描写はあの暗黒時代を思わせる。 知らず知らずに歴史に流されてゆく恐怖にうち震える。記憶が去ったあとの心の空洞の疼きは新たな物語を生む。体を無くし声を失おうと密やかに匿われた物語は時代を超えて心の空洞を埋めることだろう。
2022/08/04
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