21世紀 仏教への旅 中国編
21世紀 仏教への旅 中国編 / 感想・レビュー
Riopapa
共産主義の国でも仏教が脈々と受け継がれているのみならず、フランスでも仏教が根付いていることに驚く。確かに、マインドフルネスなど欧米から日本に来ているのを考えると、ある意味では仏教の受容が西洋で進んでいるのかも知れない。
2018/05/04
カツドン支持者
五木さんが中国の禅寺を訪ねる。禅寺というと厳粛な雰囲気の中で座禅を組む、厳しい修行の印象が強いが、中国の禅寺は団扇を扇ぎながら座禅を組む等ゆるい雰囲気である事に驚く五木さん。そこには中国禅の完成者といえる慧能禅師の方針がある。慧能は禅が修行に打ち込める一握りの人のためのものでなく、貧しい大衆でも容易に実践できるものでなければならないと「頓悟禅」を説いた。日常生活そのものが禅であり、その中で悟りを得られるのだと。この大衆に寄り添う姿勢に「易行」として念仏を説いた法然に共通するものを感じる五木さんであった。
2018/04/30
玖良やまだ
「我一人がため」釈迦の言葉である。すべてが自分の心の中の問題であるという結論に至った。凡夫の僕にもわかり易い本でした。さすが、仏教伝道文化賞受賞者!
2014/02/11
シノッツォ
禅の原点とも言える中国をめぐりつつ、禅が現代社会の抱える問題、例えば自己疎外や自殺への解決への糸口になるのではという筆者の考えのもと禅についても理解が深まるし、禅の持つ可能性のようなものにも興味を抱かせる内容でした。特に、達磨からはじまる中国禅が五祖弘忍から六祖慧能へ伝わり、南宗禅となったことや、神秀による北宗禅などの分岐について分かりやすかった。
2018/02/12
すうさん
私の実家は曹洞宗であり、禅宗には興味を持っていたが、道元の書物は難解でまた禅の問答もとても難しい。著者は、中国から伝来した仏教の源流、とくに禅宗を追って旅をした。私は「禅とは悟るための手段ではない。日々の生活そのものが禅だ」ということが理解できた。生きることが「苦」であり、なおかつ死ぬために生きねばならないことを悟ることが、まさに仏の道であると思っている。「自分の人生をしっかりと受け入れていく」ことが、ぼくにとっての真の生活の発見である。このように自己を見つめる見性こそが、悟りの道を教えてくれる。
2016/03/07
感想・レビューをもっと見る