「音漬け社会」と日本文化 (講談社学術文庫 1939)
「音漬け社会」と日本文化 (講談社学術文庫 1939) / 感想・レビュー
ichiro-k
表面的には「両者とも日本を出て行きなさい」、でも「どこに行っても同じじゃねーの」と思うが、そんな単純なことを言いたいのではないようだ。チャーチルの「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」という演説を思い出した。
2011/08/07
水蛇
ヨーロッパや北米に住んで帰ってくるととにかく日本の街がうるさいのが辛くて、聴覚過敏持ちなのもあいまって毎回ひきこもりに片足つっこんじゃう。ノイキャンなしでは出歩けない。中島さんも加賀野井さんもいつもの調子全開だからふだんいかにわたしやあなたが不満に穏便に従順に対処して(しまって)るか痛感できるし、そういう善良な市民には善良な市民の歪みがあるのもたまにはこうして思いだしたい。巻末対談が本番といっても過言じゃなくて、涙でるほど笑った。笑ってる場合じゃないよねちょっとは見習わないとね。
2024/07/15
オランジーナ@
このおじさん二人が、刺されずに生きてこれた日本の治安すごい。 自分としては、あまり音にたいして敏感ではないのでそこまで共感できなかった。ただ、地元のマックが広告ラジオを垂れ流すのはゆるさん。
2021/08/07
ひろ
中島先生と加賀野井秀一による、日本に溢れる「音」あるいは「他者への寛容さを装った断絶と無関心」についての往復書簡。最初は「電車のアナウンスがあまりにもうるさい、うるさいというのは誰も聞いてもないのにいちいち自動音声が注意ばかり述べ立てる」ということへの文句から始まってるのだが、次第に論点は「はじめに」で述べられる「あなたは日本が好きですか?」という問い、そして個人主義とコミュニケーションに関する哲学的問いへと移っていく。のだけど、何よりも面白いのが最後の章での対談で、中島、加賀野井両著者ともに、往復書簡で
2017/02/22
Zen-zen
ぼく自身この書で表現されるところの〔感受性のマイノリティ〕に属する(と信じる)者であり、しかも外国生活が長かったから、つい「日本人は…」と高みに立ったような意見を口にしてしまうタイプなので、この二人の哲学者(感じることの根っこは似ていても、それを外に出すアプローチ法が大きく異なる)の説くコミュニケーション論は非常に納得できた。ある書簡では中島に賛同、別の書簡では加賀野井にと、フラフラする自分自身の思いが結構面白かった。
2010/12/16
感想・レビューをもっと見る