大きな鳥にさらわれないよう (講談社文庫 か 113-3)
大きな鳥にさらわれないよう (講談社文庫 か 113-3) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
タイトルが魅力的だ。どこか幻想的でありながら、すでに失われた、自分が子どもだった頃を思わせるような響きだ。14篇の掌編と短篇から構成され、それらが全体として一つの物語世界を構成するが、そこでは空間の境もあるかなきかのごとくに曖昧だし、時間もまた単線的に流れることがなくどこか望洋としており、遥かな幽けき世界を漂うかのごとくである。萩原朔太郎の『月に吠える』の「自然の背後に隠れている」を想起させるような魂のおののきと、震えに満ちた物語である。「形見」に始まるこの物語は、冒頭の一文から川上弘美の世界が展開する。
2020/04/10
こーた
世界を書いている。世界について、ではない。物語が世界そのものを創っていくのである。短編のようにちりばめられた各話は、ゆるく繋がり周縁となって、徐々にその形を成していく。それはちょうど、生まれたばかりの赤ん坊が、おぼろげに周囲を認識して少しずつ世界を獲得していくさまと似ている。幾つもの破滅と創造がある。小説を通じて我々もそのようすを追体験する。そうやって出来上がった世界が、運命的にひっくり返る。電車で静かに読んでいて、心の内でわあわあと叫び、ウソだろ、と何度もため息を洩す。なんと心地のいい時間であろうか。⇒
2019/11/16
さてさて
川上弘美さんが描く14の短編から構成されたこの作品。そんな作品には『すでに多くの国はほろびていた』というまさかの未来世界の”存在”が、そんな時代、瞬間を生きる姿が描かれていました。今までに子供を『ゆうに五十人は育てたろうか』、『子供の由来は、ランダムだ。牛由来の子供もいれば、鯨由来の子供もいれば、兎由来の子供もいる』というかっ飛んだ物語に、正直、”ナニイッテルカワカラナイ”という感情に苛まれもするこの作品。未来世界の不思議な描写の連続の中に、それでいて丁寧に綴られていく美しい文章にも魅せられる作品でした。
2023/05/05
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
今日は湯浴みにゆきましょう、と行子さんが言ったので、みんなでしたくをした。さらさらと流れる、平和でまっしろな世界。美しい、せかい。憎しみというものが分からないの、透明なほほ笑みを浮かべるあなたが美しくて羨ましくて憎らしいわたしは神に多くを望みすぎていた。神は消え去って運命は操作されている、それは絶望を指すものだろうか、それでも毎日パンを焼くのだから。平穏な絶望は幸福となにがちがうのだろう。ねえ、かみさま。「ねえ、誰かを愛したことが、あった?」進化するわたしたち。「ないわ」「いいえ、愛しかなかった」
2020/07/03
かみぶくろ
こーれはすごいぞ。けっこう、いや相当すごいぞ。人類の滅亡過程を、はじめは個々のミクロな人物たちから、次第にマクロなより高い視座から、柔らかく、生温く描く本作。神話が過去にありえた神=人間の原形質的な物語だとすれば、これは未来の変形した人間から現在の人間を照射する逆向きの神話。作者の壮大な想像力・創造力に感嘆するし、それでいて個々の「人間?」への繊細な眼差しを両立しているのもすごい。こういう未知の体感をもたらしてくれるのが、読書のなによりの醍醐味だと思う。
2019/11/24
感想・レビューをもっと見る