密やかな結晶 新装版 (講談社文庫 お 80-5)
密やかな結晶 新装版 (講談社文庫 お 80-5) / 感想・レビュー
ねこ
不思議でどこか懐かしい異国の世界観。その島では記憶が少しずつ消滅していきます。リボンだったり香水だったり帽子だったり…。島の人はなにが消滅しても適応し、受け入れそして忘れていく。でもそんな消滅の縛りの外にいる人達も居る。消滅する対象はどんどんエスカレートしていってやがて…。著者の小川洋子さんは「人間があらゆるものを奪われたとしても、誰にも見せる必要のない、ひとかけらの結晶があってそれは何者にも奪えない。心の中にある非常に密やかな洞窟のような場所に、みんながそれぞれ大事な結晶を持っている」と…心が震えました
2023/07/21
アキ
1999年出版された文庫の新装版。2019年全米図書賞、2020年ブッカー国際賞と立て続けに候補作となり国際的評価も高まる。「アンネの日記」を彷彿とさせる秘密警察、地下室へ匿うこと、徐々に失われていくディストピアを描いており、欧米の読者に親和性が高いのかもしれない。閉ざされた空間で耐え、失われていく記憶のまま、生きずらい世界を生き抜くことは、現代社会を描いているようでもある。主人公の書く小説の中で、女が言葉を失くし男に支配される世界が描かれる。言葉を失くしたら物語を紡げない。すると自分の心も守れなくなる。
2021/10/04
ケンイチミズバ
戦死者の名も数も報告されない。戦争をしていることすら記憶から消されるようなロシアという国の従順な国民のことを思いながら読んだ。写真が消滅する時が来て、彼女が口にした言葉に写真より記憶に残る父や母の思い出の方が大切なもの、それがあるから平気だと。失われたものを失われたと認識できる者は作品世界では特殊な存在として扱われ、秘密警察により記憶狩りにあう。アンネフランクがナチスから逃れ隠れ住んだ様子を思い起こさせるような状況も登場する。記憶から失われた方が権力者に好都合なモノがまだまだ世の中にはたくさんあるだろう。
2023/04/26
fwhd8325
1999年の作品です。出版時にはまだ3.11も起きていませんし、コロナも発生していません。時代を先取りしていたというありきたりの言葉で語ってはいけないように思います。人が大切にしているものを突き詰めた結果が、この物語なんだと思います。戦時下の圧政のような恐怖を感じながらも、どこか童話の世界のような温もりも感じていました。小説という表現は、凄いなと感じます。
2021/01/28
bura
その島ではある日突然何かが一つずつ記憶と共に消えていく。写真、フェリー、鳥、季節…。それらを覚えている人々は秘密警察に記憶狩りに遭い連行されていく。主人公の女性「わたし」はそんな世界の中で小説を書いて暮らす。そのテーマも消失だった。ある時、記憶を持つ編集者を親しくしている老人と家に隠し部屋を作り匿った。それからも一つずつ何かが消え、ある日「小説」が消えていった…。「消えていく事」それは哀しみでもあり、重荷を降ろす諦観の様にも思えた。これは正に喪失の物語、そして残る者の哀しみの物語でもある。余韻が美しい。
2023/08/18
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