生存教室 ディストピアを生き抜くために (集英社新書)
生存教室 ディストピアを生き抜くために (集英社新書) / 感想・レビュー
壱萬参仟縁
内田先生の文化資本の解釈は、長期にわたる集中的な訓練によってはじめて身につき、それによって自分の所属階層を指示することのできるような知識や技術(19頁~)。武術の技芸も文化資本と言えるかもしれないという(20頁)。この視点は、外国人観光客と共に高度化していける武道の価値なのかもしれないので、文化経済学での検討が待たれるところ。生存装置としての文化資本(41頁~)。生活文化は、時代が少し変わっただけで全部消えてしまう(66頁~)。教師の支配性(32頁)とか、ここは違和感があった。
2016/07/08
みねたか
「暗殺教室」を入り口に教え、教わることについての対話。「暗殺教室」って先生が生徒に自分の暗殺を命じる話なんだ。知らなかった。教わる側にとり教わる意味は生きる意味に通じ、それは教える方も胸に刻むべき矜持とされる。なるほど大いに共感。さらに、それは親子関係も同様と言われる。うーん、そんな覚悟で子供と向き合ってきませんでした。後悔先に立たずです。日本人の身体感覚を論じたところ読み応えがありました。最後は、腰と肚。齋藤孝さんもそう言ってたな。
2016/11/26
T.Y.
思想家・武道家の内田樹と武道家の光岡英稔が漫画『暗殺教室』を題材に教育を巡る対談……とのことだが、『暗殺教室』への言及は比率としては少なめ、指摘ポイントも割とオーソドックス。「殺すこと」と「教育すること」のポジションが伝統的な武道による成長譚とは逆、という冒頭の指摘は鋭いが。全体に武道に関わる身体論が多め。昔の人は米俵を担げて当たり前、5俵を担ぐ農婦がいた等、昔と今での身体の変化はかなり興味深い話。そして戦いに行くに当たって「殺す・殺される」心身の準備が出来ているのかという問いは、現状、深刻である。
2016/02/05
活字スキー
凄く面白かった。内田樹、光岡英稔の武術家二人が人気コミック『暗殺教室』をとっかかりに、現代人が生存の為に向き合わなくてはならない身体、教育、文化、死生観等なんやかんやについて熱くクールに語りまくる。若者達を育てる為の機関である筈の学校が、過酷な自然環境とは異なる意味と、変わらないくらいの過酷さで多くの生徒を苦しめ、時に死に至らしめているという不幸。いくら技術が進歩しようとも、まず生き物としての根本を損なってしまっては生き残れない。「生きる力」「本当に意味のある強さ」を育む為に必要なものとは。
2016/01/26
Sakie
ぱらぱらめくっていたら面白くなって再読。練習のときに途方に暮れることが多く、その突破口を探した。『生存という意味で言うと武術の稽古においては、原初的な古の身体に戻るほうがいい』。まずはそこが大事で、目指すべき方向性だ。この、椅子に座りっぱなしで力を失った足腰を、少しでも古の身体に近づけなければならない。型の意義は『なにをするかが決まっているから、そのなにかをしている自分を観察できる』こと。自信はそれに伴って生まれると考えてみる。乗馬しよう。『乗るために自然と足腰が決まる』感覚を味わいたい。
2018/04/03
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