テレビジョン (集英社文庫)
テレビジョン (集英社文庫) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
テレビを見るのをやめることって、そんなに重大事で生活そのものが根底から変わるものなのだろうか。私自身は、テレビを全く見ないわけではないけれど、見るにしてもあらかじめ選んで録画したものを、後で見るくらいなので、番組に振り回されるようなことはない。さて、本書は暫くの空白期間を経て書かれたのだが、いつもの飄々としたタッチのトゥーサンに特有のそれだ。「ぼく」(限りなくトゥーサンその人に近い)のベルリンでの一夏を描く。随所にフランスとの文化ギャップがあり、それも見どころの一つ。小説としての斬新さよりは懐かしさが⇒
2018/04/10
shizuka
ジャックタチの話からふとJPトゥーサンを思い出し、そういえば昔この人の本を夢中で読んだなということもついでに思い出し、また読みたくなってきたと考えたら最後たまらなくなって本棚を探してみるものの蔵書が1冊もない。そうだ友人に貸したままだったとこれも思い出し、では読んだことのないのをと手に取ったのが「テレビジョン」。テレビと決別したフランス男のひと夏(?なぜなら息子が2歳ほど年を重ねる)の話。決別しさあ何をするのかと期待が膨らむが特に何もしない。仕事すらしない笑テレビは断固として見ない。素晴らしき心がけ。
2016/02/21
やまはるか
絵画に関する論文を書くために奨学金を得てベルリンに滞在、妻と子供をバカンスに送り出して一夏をアパートで暮らす。「女性は顔を上げて一瞬もの思わし気に遠くからぼくをまじまじと見つめ、横顔をこちらに向けたまま下唇を悲し気に噛んだ。ぼくは直ちに目をそむけ、やさしく夢見るように、ゆったりと超然たる態度でガラスをこすり」というような描写が連続する。ひどく気取って描かれていると感じられて最後まで主人公に同化できなかった。バカンスを終えた妻と息子を迎えて家族の日常に戻るところは描写を越えて体験的に同化した。
2020/04/19
yozora
題名通りトゥーサン風の反テレビ闘争とでもいったところか。ヒッピーみたいな友人が精神科医の代役を務めたとき、それとは対照的に患者はどの人も立派な身なりをした紳士・貴婦人であるという構図は、テレビと視聴者の関係のメタファであるともとれて面白かった。あとは言わずもがなではあるが、最後の胎児の見えないが動いているのを確かめるシーンが、表層のみを絶えず映し続けているテレビへの最も根源的な批判でもある。こういったテーマは一見すればとっつきづらくもあろうがそれを読ませるのが日常的な喜劇でありトゥーサンの手腕である。
2016/03/28
kitte
その意味では僕も何もしていなかった。もちろん、「考え、本を読み、音楽を聴き、愛を交わし、散歩し、プールに行き」、花を生けるといった、大切なことしかしないという意味で(キノコは採らないが)。
2009/09/12
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