若い藝術家の肖像 (集英社文庫 ヘリテージシリーズ J 1-5)
若い藝術家の肖像 (集英社文庫 ヘリテージシリーズ J 1-5) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
スティーヴン・ディーダラスを主人公にした、典型的なビルドゥングス・ロマン。スティーヴンはジョイス自身を強く投影した(少なくても精神的には)、自伝的な小説だと思われる。すなわち、プルーストと同じく、ジョイスはここでこの作品を書くことで、青年期を文学において生き直したのだろう。最初は語彙も少なく文体も拙劣であるが、やがて成長するに及んでそれらは次第に克服されてゆく。この辺りは訳者の丸谷才一の工夫の跡が十分にうかがえるところである。スティーヴンの最大の決意(投企)はカトリック神学校との決別にあった。⇒
2023/09/06
まふ
著者の半自伝的小説。自らを「芸術家」と自負し、その成長の過程を丁寧に書き連ねたいわゆる教養小説である。主人公スティーヴン・ディーダラスはイエズス会系の神学校に入り優秀な成績を収め司祭への道を期待されたが、文学への道をめざす。当初「フィネガンズ・ウエイク」のような全文言葉遊び(?)を予想して身構えていたが、意外に素直な文章であり、まともに読めた。丸谷才一氏が幼少期から神学校への成長の過程における文体の変化を的確に翻訳されており、こなれていて読みやすかった。G1000。
2023/10/18
扉のこちら側
2016年971冊め。【231/G1000】『ユリシーズ』の2巻以降は流し読みだけして登録していないのだが、きちんと読む前にまずこちらからと思って手に取ってみた。尚、岩波文庫版と迷ってこちらにしたのは、訳者による解説が充実していたからである。少年期から青年期への成長は『アルジャーノンに花束を』で主人公の知能が発達していく経過を思い出した。ダブリンの話なのに読んでいる途中でドイツのようだと感じる瞬間があって、そのあたりは教養小説(Bildungsroman)風味だからというのを解説を読んで納得。
2016/11/06
syaori
ダブリンに暮らすスティーヴンの少年期から青年期までの心情を追ってゆく構成。舞台となるのはアイルランドが数百年に亘る英国の軛を逃れようとしていた、独立と民族文化復興の機運が高まっていた時代。彼が感じる、恋と肉欲、神への畏れと精神の自由への渇望、芸術への思い、自国への愛憎入り混じった感情などがこちらに流れ込んでくるようで、彼と共に再び悩みと希望に満ちた青春を生きた気分。本作は自伝的要素が強いようですが、個人的で普遍的な青春を描くこの作品の主人公スティーヴンは青春を過ごしたすべての人の肖像なのだろうと思います。
2019/08/09
たーぼー
横たわる神学に基づく巨大な詩編を味わい尽くすのは難しい。しかし、一人の若者の青春譚として読めば、これほど歓びを駆り立てる書もない。主人公ディーダラスはダイダロスの名でありながら、その子イカロスの要素も取り入れているのが本書の面白いところ。利己的な欲望から欠陥を伴った恐ろしい翼を広げてはイカロスの如く失敗する。その姿に自らを重ね苦笑せずにはいられない。主人公を突き動かすものは己を救済すると信じていた存在にあくせく奉仕し、これに期待することへの欺瞞。彼は神と人間のあいだの一種の「ずれ」を見逃さなかった。続く
2016/12/08
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