失楽園の向こう側 (小学館文庫)
失楽園の向こう側 (小学館文庫) / 感想・レビュー
Tom
元の単行本が出たのが2003年、この文庫は2006年刊。「まえがき」で「失われた10年」に触れているが、2023年現在、もはや「失われた30年」である。この時点で愕然としてしまうのだが、20年前、いやもっとずっと前から橋本治がこの日本に存在して文章を書いてきたというのに、今日に至って「失われた30年」とか言ってんのがマジで信じられない。逆に言うと、橋本治のことを軽んじてきたから、今こうなってるんだとも言える。橋本治が生きてたらなあ、と思う日々である。もういないので文章を読んで自分で考えるしかないのだ。
2023/09/18
急性人間病
橋本治が水面へ石を水平に投げ込むと、あらぬところに石が飛びまくり、できた波紋が地図をつくる。冒頭の話題から、仕事人間(としての日本人)批判序説と思って読んでいると、孤独・愛・性欲・階級・経済が時間(過去・現在・未来という括りの中でそれらの性質を探るてのが凄い。これを載せる漫画誌もすごい)と結託して拡がった地図の範囲が広大すぎて目を回しそうになるが、一方で煙に巻かれたり化かされた感はまるでない。彼がやっていることが、水面に石を投げこむように、魔術化されていない明快な筆致による探究にほかならないからだ。
2022/01/15
ひろ
突き放すような文体だが、同時に読者のことをこれほど考えているエッセイストもいないだろう。言っていることがどれもまっとうだ。「何も考えずそのまんま」、適合こそが日本の社会で最も求められることで、適合した先の組織を疑うことがないーその「基準値」をこの本が出ていた頃はテレビが請け負っていたのだが、今やその役割はインターネットに取って代わられ、妙な「基準値」が色んなところに存在している。もはや社会は一枚岩でもなんでもないのに、あたかも「日本」全体で同じ方向を向いているような錯覚、これが日本の現状ではないかと思う。
2020/06/02
ひろ
地に足をつけまっとうに生きるとはどういうことか。橋本治は若者に説教を正しく垂れることができる希有な存在であった。不倫からワールドカップまで縦横無尽に論じていて、どれもがまともに響いてくる。「そんな簡単に、新しい時代なんか来ない。他人まかせにしてなんとかなるくらいだったら、「苦労」なんて言葉は初めから存在しない」平成の終わりに、再び五輪が東京で行われるその前に、橋本治の言葉は響く。何度でも彼の本に立ち返るだろう。
2019/03/11
ひろ
「労働は組織の内部でするものじゃなくて誰かの需要を満たすものだ」という労働観や、人間関係には未来をともに描く人が常に必要であること、はたまたサッカーワールドカップから手技の知性と足技の知性の差異を読み取ったりと、取り上げるトピックが多種多様でかなり読んでて面白い本だった。「生きることは淡々としていて「生きていても楽しいことがない」と感じるのはなにか特別なことを待ち続ける欲張りな自分の現れかもしれない、答えは本の中ではなく本を読むあなた自身の中にある」この巻末の言葉はめちゃくちゃ響く。
2013/09/29
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