移動動物園 (小学館文庫 さ 9-2)
移動動物園 (小学館文庫 さ 9-2) / 感想・レビュー
おにぎりの具が鮑でゴメンナサイ
佐藤泰志はままならない者たちの燻ぶった熱を書く。それがどうにも薄暗くてダサくてどんより重たくて沁みる。洗練されてない過去の自分や洗練されようともがく現在のさもしい自分に、整形前のスナップに写った笑顔を見せつけるように朴訥と語りかける。だからなんだかせつなくなる。お母ちゃんごめんと謝りたくなる。部屋の隅っこで体育座りしたくなる。ノートに「夢」って書きたくなる。負け犬だって吠えたいし腹も減る。ミジンコだってソーメンぐらい食う。発情期にあぶれた屋久島の雄猿は、勢いあまって鹿のメスに交尾を挑むらしい。逞しいなあ。
2017/01/12
メタボン
☆☆☆☆ むわっと熱い存在感を感じる濃密な文体が好きだ。小動物たちの描写と道子と園長の性的な関係がからむ「移動動物園」、マンション管理人である綱男によるつまった便所との格闘、そしてその解決を委ねた水回り業者の請求に対するエジプト大使館の三等書記官アフィフィとの不毛なやりとりが印象的な「空の青み」、機械梱包工場で働く労働者の汗臭さ、無骨さが浮かび上がる「水晶の腕」。格差のある現代であるからこそ読者の心に響く「青春労働小説集」である。
2016/06/07
ちぇけら
気化した血が濃く染みついた夏の日射しを右手で遮る。夢は叶うまえに蒸発しちまった。溜息からは退廃の匂いがする。玉のような汗が額からこぼれ、背中を転がるように伝う。恋に至るまでの曖昧な感情で渇いた喉を麦酒で潤すと、人生への嗚咽とでも言いたげな、小さいゲップがでた。俺は、俺から出てゆくものを止めるつもりはない。出てゆきたければ出てゆけばいいんだ。俺の眩しい感情も、この先の充実も、日が翳るようにそのうち消えてしまうだろう。生きるための労働が、俺の生を消耗してゆくのがわかる。俺はいつまでも、満たされることがない。
2020/04/05
ワッピー
10/9の千石ブックメルカード・一箱古本市で邂逅。この著者は「黄金の服」以来、2冊目。小動物をマイクロバスに乗せて幼稚園を巡回する表題作、マンションの管理人とエジプト外交官宅の水洗トイレの故障「空の青み」、工場で商品の梱包用木箱をつくる青年と癖のある同僚たち「水晶の腕」を収録。作業に没頭して敢えて外を見ない日々、あるいは倦怠を抱えてたゆたう感覚は自分とまんざら無縁ではないよう。表題作の暑い夏の日の下、生と死、夢と現実、美と醜の物語は、場所にはまらないものの、敢えて壁を打ち破らない主人公の諦観を感じます。⇒
2023/10/19
みねたか
三つの短編。 他の作品同様、汗の匂い、草いきれの気配など五感に訴えてくる。「移動動物園」と「空の青み」では、主人公は先が見えない中で停泊している。仕事は時に醜悪で、季節も厳しく苛立ちも募る。最後の「水晶の腕」では、単なる停泊状態から地に足をつけ、動き出そうとする様が描かれる。動き出すことで何かが起こる予感を抱かせてスパつと終わるところがなんとも魅力的だ。
2017/02/11
感想・レビューをもっと見る