花影 (新潮文庫 お 6-4)
花影 (新潮文庫 お 6-4) / 感想・レビュー
Gotoran
不幸な家庭に生まれた葉子は、女学校中退後、銀座のバーに女給として勤めるが、幼いままに固まってしまったような無邪気さと人の好さに惹きつけられて男たちが集まって来る。葉子は幾人かの男たちと交渉を持った末に、何かに誘われるように自ら死に向かって行く…。葉子の無自覚の死への乾いた執着とべとつく思惑を無遠慮に押し付ける世間の様子が対照的、また各登場人物の心理描写と行動様式が美しく澄んだ文体で綴られている。ひとりの薄幸な女性の儚い生涯を、美しく澄んだ文体で描いた戦前戦後の世俗を伝える大岡作品を読んでみた。
2023/08/11
みも
冷徹な眼差しで死を捉えた『野火』の著者と同一なのかと疑念を抱くほど趣を異にする。むしろ対極にあると言ってもいい。艶麗を纏う優美な揺蕩いと頽廃的な倦怠感から唐突に導き出される典雅な死の崇高美。現実感の希薄な幻視の如き耽美的哀切はどこかで見たような風景だが…三島か谷崎か…明確な引き合いを出せずもどかしい。率直に言えば退屈であった。銀座のホステスとして生きる女の生涯。貞操観念が欠落している訳ではないのだが、その風俗は庶民からは隔絶しており、フランス的サロンの模倣の様でもあり、女版「光源氏」の様相をも呈している。
2017/07/17
冬見
ひとりの薄幸な女の生涯。◆どこか"欠けた"存在である葉子。人が好いというよりも、あらゆるものに執着がないように見えた。男にも育ての親にも職にも自分の人生にも。葉子は、うつろう時代に咲いた徒花のようで、地面にゆらめく影のように不安定。この世界に生きる理由はないのだと、彼女は去った。葉子の人生とは一体なんだったのだろう。他者の人生の意味を説くなんて無意味だ。けれどそう思わずにはいられない。何も求めなかった葉子が最後に手を伸ばしたのは死だった。求めず求められず、得ることも失うこともなく、女は世界を去った。
2021/01/14
まぶぜたろう
(後先逆だが)川島雄三を思わせる鮮烈なショットの連なり、不意に挿入される「男たち」の視点、技巧を尽くし、ピースを的確に配置し、「葉子」の生い立ちや感情を微細に語りながら、あくまでも「葉子」は希薄で透明な存在である。彼女が寝起きするアパートは近所の子供たちの声だけが響く空虚な空間だし、彼女が働くバーはほとんど描写されることはない。居場所がなく「ただすべてがものう」い、存在自体が儚い女性。その姿が限りなく哀しく切ない。彼女の短い生涯を凝縮したかのようなラスト三行が美しく、素晴らしく、怖い。凄い小説を読んだ。
2024/11/03
しゅんしゅん
花は美しく咲くが、家庭環境が不幸だったことが尾を引くのか、影を払い落とすことができずに影に呑まれていく。男を渡り歩いても腰を落ち着かせる場所を得ることができず、衰えて汚れていく命を気紛れに花を散らすかのように終わらせる道を選んでしまう。悲しい生き方だが文体が美しいので、その出来事ひとつひとつが美化されてしまいそうなのが狡くて巧いなと思った。人の良さそうな美しい女に見えても、人の顔色に左右されてしまい、自分の芯は持てずに風に攫われるだけの花弁のようであった。不安定で孤独な部分が彼女の魅力だけどとても寂しい。
2021/10/11
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