壁 (新潮文庫)
壁 (新潮文庫) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
再読。カフカの不安でもなく、カミュの不条理ともまた違う一種ユーモラスな語りの中に、自己のアイデンティティ、他者との関係性がゆらいでゆくのが、まさしく安部公房の世界なのだろう。これらの作品群が、50年の時を経ても、まったく古びることがないのは、発表当時はそれほどまでに斬新だったことともに、普遍性をも併せもっていたからなのだろう。
2012/03/26
遥かなる想い
私たちが高校生だったころ、小説家では誰が好きと問われた時に「安部公房」とか「大江健三郎」と答えると「すごい」という雰囲気が確かにあった。神様のような存在で批判することは許されなかった。突然、自分の名前を紛失した男。以来、彼は他人との接触に支障をきし、人形やラクダに奇妙な友情を抱く。独特の寓意にみちた野心作。芥川賞を受賞
2010/06/20
パトラッシュ
1951年の発表時に読んだ人は、明治以来の近現代日本文学の積み重ねを無視した文体とテーマと物語を提示した小説に衝撃を受けたのでは。予断なしで読むとバカらしさの彫琢とも感じられるが、今読み直すとソ連占領時の満州から命からがら引き揚げた安部公房の私小説ではと思えてしまう。名を隠して逃亡し、逮捕されたら法に基づかぬ裁判で処断される大混乱時の体験があるのではと。名前を奪われ現実から追放される男は、後に『砂の女』や『燃えつきた地図』でも繰り返し追求される。社会体制への不信という根源的テーマを描いた寓話ではないのか。
2020/10/26
ehirano1
S・カルマ氏の犯罪について。クセのある世界観にドはまりしてしまいました。否が応でもカフカの「変身」が思い浮かび、不条理にS・カルマ氏がどう対応していくかがとても興味深いです。心を見つめていくと「壁」になる、つまり「壁=人間の仮設(ヒポテーゼ)」とのことですが、まだ腹落ちしないので要再読といったところです。
2023/06/10
のっち♬
壁をモチーフにした三部作。抽象画の中に放り込まれたような奇怪な世界観の前衛作品が並ぶ。帰属対象を剥ぎ取られた主人公たちが示す無邪気な好奇心や戯画化されたキャラクターたちが作品全体に軽さや明るさをもたらしており、未来に向かってのみ可能性を見出す著者の姿勢が感じられる。中でも『S・カルマ氏の犯罪』はテンポの速い展開と具象的な図画が構成やテーマと見事に調和していて、執筆活動の方向性を決定づけた傑作。地平線しかない曠野と都会のアパートの一室も、彼にかかればこれほどの重なりを見せる。アイデアの奔流に圧倒された一冊。
2021/05/27
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