遅れてきた青年 (新潮文庫)
遅れてきた青年 (新潮文庫) / 感想・レビュー
ヴェネツィア
再読。作中にも一瞬顔を出すジュリアン・ソレルを下敷きに、そしてまた『芽むしり仔撃ち』の面影をも揺曳させつつ、逆説的に語られる「わたし」の自叙伝。「すでにわたしはいかなる人間の情熱をかきたてるヒーローでもなく、いかなる世代の証人でもない。わたしは、あなたとおなじだ。」―こうして閉じられるエンディングはまことに寂寥感に満ちている。大江自身にとって、それは同時に60年安保の敗北と終焉でもあった。この作品は、『読書メーター』のレビューも少ない。もう今や、大江は過去の存在となり、熱い共感を呼ぶことはなくなったのか。
2012/07/19
優希
半自伝的小説ということで、内的体験が赤裸々に語られることに対する覚悟が必要でした。汚辱と自慰からの匂い立つ臭気の中にいる野心的な青年。戦争に出征することで光栄な死を選ぶことに遅れた青年は都会に出て社会的成功をおさめるも、内面は失落感にさいなまれているのが苦しかったです。ただ、ここに共感してはいけないのだなと思わずにはいられませんでした。ここにあるのは怒りや孤独や恥という感情が強く、感情移入したら共に堕ちていくしかないのだから。内的体験のフィクショナルさだからこそ突き刺さる作品でした。
2016/04/06
遥かなる想い
同世代の人間が戦争に行き、死んでいく中、自分も戦争で死ぬはずだった 青年が死にそびれてしまった…戦後の世代の共通感覚なのだろうか。乗り遅れた喪失感のようなものを、巧みな筆致でうまく書き込んでいると思う。このころまでは、まだ大江健三郎についていけた記憶があるのだが…
2010/06/19
Gotoran
地方の山村に生まれ育ち、天皇陛下の勇敢な兵隊として死ぬことを夢みていた少年が、終戦によって刻印された「遅れてきた」という絶望感に苛まれながらも、都会に出て貪欲に上昇志向を目指して社会的には成功するが、心は満たされず、喪失感に満ち溢れている。大江初期作品の主題とモチーフが揃った内容で、戦後世代共通の体験を持つ当時の若者の代表として、鬱屈した自意識過剰の主人公の内的体験が描き出されている。決して心地よい読後感ではなかった。
2021/08/25
yumiha
見事な軍国少年が終戦で打ちのめされる第一部は、読み応えがあった。当時の様子や心情など初めて知った気分。また、四国の山村や森の様子が、少年の気持ちと呼応して描写されていたのも、さすがノーベル賞作家!とうなずく。でも、第二部の青年は、全く好きになれなかった。悪徳政治家であろうと左翼学生であろうと、基盤は権力志向でしかない。いかに自分の力を誇示して他者を従わせるか、という価値観が好きになれんのですわ。威厳を持っているか?屈服されたままか?にも力の論理が見えてしまう。その象徴みたいに男根を多用するのも、興ざめ。
2021/09/19
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